翻訳(Language Change)

街が醸し出す雰囲気に浸ろう!歴史満載の世界遺産!フランスの中世市場都市プロヴァンとは?

今回ご紹介するのは世界遺産、フランスの「中世市場都市プロヴァン」です。
皆さんはプロヴァンという町についてご存じでしょうか。

プロヴァンは、パリの南東80キロメートルほどの地点にある町です。
日本では南フランスの似たような音の土地、プロヴァンスの方が知名度が高いのか、プロヴァンの話をするとそちらを想像する方が多いようです。

プロヴァンはシャンパーニュの大市が開催されていた町の一つで、現在は小さな田舎町となっていますが、14世紀までは非常に繁栄していたそうです。

そんなプロヴァンの魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

プロヴァンの歴史

プロヴァンは非常に古い歴史を持つ町です。

周辺からは旧石器時代の遺跡も見つかっており、複数の川が流れるこの土地が当時から豊かな土地だった事を示しています。
また、その地名プロヴァンは、古代ローマ帝国の将軍プロブスに由来しています。

伝説によれば、西暦237年頃に当時のローマ皇帝ドミティアヌスによって禁止されていたブドウの栽培を許可したことから、プロビ・ウィヌム,(プロブスのブドウ)が変化してプロヴァンとなったそうです。

西暦485年にはソワソンの戦いで勝利したメロヴィング朝フランク王国のクローヴィス1世によって、この地にあったローマの要塞が占領されています。

また、初代神聖ローマ帝国皇帝カール1世も(カール大帝・シャルルマーニュ)もプロヴァンに徴税の為の査察官を派遣していた事が判明しています。

プロヴァンはまた、経済的に栄え、裕福であったために独自の貨幣を発行、流通させていたことも判明しています。

中世のプロヴァンはシャンパーニュ伯爵の領地で、シャンパーニュの大市が開催される町の一つでした。

シャンパーシュの大市はもともとブドウが採れない地方の商人によるワインの買い付けの為に開かれた市が起源となっており、戦争よりも交易を優先したシャンパーニュ伯爵は11世紀から12世紀にかけて領内の町の定期市の開催時期を調整し、年中市場が開かれているようにしました。

地中海商圏からのイタリア商人と、北欧商圏からのドイツ、スウェーデン商人やブリテン島からのイングランド商人がこの地で交易を行い、プロヴァンは最盛期を迎えます。

しかし、13世紀後半には航海術の発達により、ジェノヴァ・ヴェネツィアなどのイタリア商人が直接北欧商業圏まで買い付けに現れるようになり、プロヴァンの国際交易所としての価値は下落します。

その後1314年にシャンパーニュ伯爵家からフランス国王が輩出されると諸外国との戦費委を賄うため、プロヴァンにも重税が課された事も重なり、プロヴァンは衰退していきました。

現在のプロヴァンは人口12000人程度の小さな町です。
しかし衰退が早く、定住民が少なかった事が幸いしたのか中世に栄えた街並みがそのまま残され、当時の様子を現在に伝えています。

代表的建造物

セザールの塔

12世紀に建造されたこの塔は、長い間プロヴァンのランドマークでした。
シャンパーニュ伯爵家の権力を誇示する為に建設されたと言われています。

その後は要塞や牢獄として使用されました。
石で作られた土台の上に立っていて、内部を見学することも出来ます。

サン=キリヤース教会

12世紀に作られた教会で、丸いドームが特徴的です。

外観も内装もシンプルな作りになっていますが、観光客が少ないこともあり、かえって神聖な空気を感じさせられます。
セザールの塔のすぐ近くにあります。

サント=クロワ(聖十字)教会

この教会は西暦1238年にシャンパーニュ伯チボー4世が十字軍を率いてエルサレムに遠征した際、キリストの十字架の欠片を持ち帰ったという伝説に由来してこのような名前になっているそうです。

14世紀の火災で建物は焼失してしまい、現在の建物は17世紀に再建されました。
外観は低い尖塔が特徴的で、お菓子のお城のようです。
残念ながら内部の見学はできません。

サン=テユール教会

11世紀に建設された教会です。
初期のシャンパーニュの大市はこの教会前の広場で開催されていました。

地下道

プロヴァンの地下には蟻の巣のように地下道が張り巡らされていて、内部を見学することも出来ます。
中世のプロヴァンは織物産業で栄えた町で、この地下道も本来は羊毛を加工するための石切り場だったそうです。

ここからは羊毛のシミ抜きに使われる鉱物が採取されていました。
実は地下道の用途は明らかになっていない部分も多く、近世まで裏の顔を持つ場所だったのではないかとも言われています。

地下道の内壁には、その後倉庫として使われた名残で、使用者の名前が刻んである場所がいくつもあります。

第二次世界大戦の時にはナチスドイツに抵抗するレジスタンスの作戦経路としても使用されていたと言われています。

十分の一税用の倉庫

もともとはシャンパーニュの大市開催中、商人が持ち込んだ商品の在庫置き場として作られました。

また、ここでシャンパーニュ伯に対して十分の一の税金を納める事となっていました。
現在では博物館として利用されています。

オステルリー・ド・ラ・クロワ・ドール (Hostellerie de la Croix D’Or)

西暦1270年創業のこのホテルは、当時の外観のまま現在でもレストランとして営業を行っています。
提供しているメニューの中には中世から変わらないものもあるのだとか。

処刑人の家

町の城壁の外には、処刑人ルイ=シル=シャルルマーニュ・サンソンの家があります。

サンソン家はフランスの処刑人として有名だった一族で、ルイ=シル=シャルルマーニュ・サンソンもその一人です。
サンソン家を描いた漫画「イノサン」にも登場していますので、そちらで知っている方もいらっしゃるかもしれませんね。

役立つ情報&豆知識

こちらではプロヴァン観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

薔薇

プロヴァンは薔薇の加工品で有名な町です。

もともとはキリストの十字架と同じく、中東から持ち帰られた薔薇でしたが、プロヴァンの人々はこの薔薇を愛し、薔薇のジャムや薔薇のシャーベット、薔薇の石けん、薔薇のキャンディーなど、薔薇の加工品がいろんなところで売られています。

また薔薇園もあり、プロヴァンの観光スポットの1つになっています。

ブリーチーズ

フランスではAOCという地域のブランドの制度があり、この条件を満たしていない物はブランドを名乗れないようになっているのですが、白カビで有名なブリーチーズもそのAOCの一つです。

例えば日本でも有名なカマンベールチーズもAOCに則って作られたものだけがカマンベールチーズを名乗ることが出来るのです。

よく見ると日本国内で作られているチーズはカマンベール「風」と記載されていると思います。

プロヴァンはブリー地区に属しているので、美味しいブリーチーズを作っている事でも有名です。
フランス語ではチーズの事をフロマージュと言い、チーズを売っているお店はフロマジュリーと言います。

プロヴァンを訪れたら地元のフロマージュは必ず味わって頂きたい1品です。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにフランスの世界遺産、中世市場都市プロヴァンに興味を持って頂けたなら幸いです。

中世にはフランスの王都パリとは比較にならないほど繁栄していたと言われるプロヴァンですが、陸上輸送から海上輸送へと交易手段が移り変わったことで急激に衰退してしまいました。

しかしこの急激な衰退が幸いし、大きな略奪や侵略に遇わずに中世の街並みがそのまま残されているのは、現代の私達にとっては思いがけぬ幸運となっています。

パリからの交通の便も良く、日帰りの観光地としても魅力的です。

薔薇が咲く季節には普段より観光客も多くなり、中世とは比べものにはなりませんが、小さな町が賑わいを取り戻します。
セザール塔の上から景色を眺めた時や、地下道を探検している時、ふと中世の息吹を感じることの出来る町、それが中世市場都市プロヴァンです。

フランスへお出かけの際には、是非プロヴァンへも足をお運び下さい。