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王都の栄枯盛衰を今に伝える古都/アユタヤーinタイ

 アユタヤーとは?

400年以上もの長きにわたり王朝が置かれ、国際都市としても繁栄した古代都市アユタヤー。チャオプラヤー川とその支流に囲まれたアユタヤーは、かつて王朝の都が置かれた古都。古くから水運の便を生かした水の都として栄え、17世紀にはペルシャやヨーロッパとも貿易を行うアジア屈指の国際都市へと成長。日本人町も形成され、山田長政が活躍したことでも知られます。

1767年、ビルマ軍の攻勢に敗れて王朝は滅亡し417年にわたる長い歴史に終止符が打たれました。街は破壊され廃墟と化したが、現在も随所に寺院や宮殿が残り、住持の栄華を伝えています。貴重な遺跡軍は歴史公園として整備され、1991年にユネスコ世界遺産に登録されました。

1、ワット・ヤイ・チャイモンコン

初代ウートーン王が1357年に島の外に建立した寺院。1592年に20代目のナレースワン王がビルマの侵攻を退けて建てた、高さ72mの戦勝記念の塔が有名。塔の周りの数十体の坐仏と、涅槃仏も見所。

2、ワット・マハータート

1374年に3代目の王によって建立。1767年にビルマ軍に破壊されるまで建設や修復を続けた大寺院。高さ40m以上の仏塔がありましたが、現在は土台が残るのみ。菩提樹の根元に包まれた仏頭は、アユタヤー名物として有名です。

3、ワット・チャイワッタナーラーム

プラサート・トーン王が1630年に、母のため、および即位の記念として建てた。1767年にビルマ軍によって破壊されてしまったが、現在は修復されている。クメール様式の大仏塔を中心に、中小の仏塔が美しく配置されている。

4、ワット・プラ・シー・サンペート

1491年に完成したアユタヤー王室の守護寺院。現在残っているのは、15世紀に建てられた3基の仏塔のみ。3人の王の遺骨が納められています。セイロン様式の美しい仏塔は、ワット・プラケーオの仏塔の原型。

5、ウィハーン・プラ・モンコン・ボピット

15世紀の建立とされる高さ17mの仏像が有名。鋳造製の仏像ではタイで最大を誇ります。別の寺院にあったこの仏像を祀るため、16世紀末頃に寺院が建造されました。ビルマ軍により建物は破壊され、仏像は損傷しましたがラーマ5世時代に修復・再建されました。

6、アユタヤーエレファントキャンプ

アユタヤー公園内を象に乗って散歩できます。傘付きの輿に乗って遺跡巡りをできます。なかなか体験できないスリルなので是非興味のある方は乗ってみてください。

 

アユタヤーの歴史

アユタヤーの都は水運を利用した海外交易や平和をいかした稲作で、強国に上がりつめた。1431年には衝突が続いていたクメール帝国を平定し、アユタヤー王朝は東南アジアで最大の巨大勢力になります。しかし、14世紀にビルマを掌握したタウングー朝が攻撃をしかけ1569年に陥落、以降15年間属国となりました。

救世主となったのは、アユタヤー王朝の王子ナレースワンです。弱体化したビルマを攻撃し、アユタヤー王朝は復活しました。15〜17世紀に王朝は最盛期を迎え、その後王朝は多くの外国人が移住する国際都市となり、日本人街も生まれています。

朱印船貿易で日本人町に居た静岡県沼津市出身の山田長政は商業、軍事の両面で活躍したとされます。その後1758年にポーロマコート王が死去すると王位争いから国内は再び不安定となり、王朝の求心力は急降下しました。勢力を強めていたビルマのコンバウン朝にせめられ、1767年4月にアユタヤーは陥落し、5王家で400年以上続いた王朝の長い歴史についに幕がおろされました。

最後に

タイの首都バンコクから少し足を延ばすとその歴史と文化に触れることのできる古代都市アユタヤ。栄華の中に少し寂しさを感じることができる遺跡群に、レジャースポットが詰まったこの地にぜひ訪れてみてはいかがでしょうか?