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実はかなりの穴場スポット!ドイツの世界遺産トリーアをご紹介!

今回ご紹介するのは世界遺産、ドイツの「トリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂及び聖母マリア教会」です。
皆さんはトリーアについてご存じでしょうか。

トリーアはドイツで最も古い町の1つで、その歴史は紀元前にまで遡ります。

古代ローマ帝国によって建設されたドイツ最古の町トリーアは、その後中世にも栄え、神聖ローマ帝国皇帝を選ぶ選帝侯としての地位も有していました。
日本ではあまり馴染みが無いかもしれませんが、ドイツではとても有名な町です。

そんなドイツの世界遺産、トリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂及び聖母マリア教会の魅力について歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

トリーアの歴史

トリーアの歴史は古く、古代ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスによって建設されたと言われています。

ローマの植民都市アウグスタ・トレヴェロールムという町がトリーアの起源にあたります。
古代ローマ帝国はヨーロッパの各地へ進出する橋頭堡としてこの町を建設しました。

先程も少し触れましたが、紀元前16年に建設されたこの町はドイツ最古の町と言われています。

古代ローマ帝国はこの町を非常に重要視していたため、「第二のローマ」と呼び、トリーアを自治都市に昇格させました。
ローマ軍が駐留した事により、大きな需要が生まれた事と、モーゼル川添いに位置した交通の要衝であったという元々の地理的な条件からトリーアは商業、交易が盛んになり多いに発展します。

「第二のローマ」というのは発展したトリーアをこう名付けたという有力な説もあります。

古代ローマ時代の遺跡も数多く残されており、中でも円形劇場は現存するものとしては最大級と言われています。
また、この他にも後ほどご紹介するトリーアの皇帝浴場などの多くの遺跡が残されています。

2世紀には現在も残る多くの遺跡が建設され、続く3世紀には一時期皇帝が居を構えていたこともあります。
4世紀になるとカトリック教会の司教座が置かれ、町は発展を続けて行きました。

西ローマ帝国が滅びると、トリーアはフランク王国の支配下に置かれます。

フランク王国の統治下では特に大きな事件は起こりませんでしたが、フン族が侵入した時にはトリーアにも大きな被害が出ましたが、フン族が去ったあと、修復された町は以前と同じように発展を続けました。

9世紀には司教座が大司教座に格上げされ、宗教的権威の増したトリーアにはますます多くの人が移り住んでくるようになりました。

神聖ローマ帝国では皇帝の権力基盤が脆弱だったこともあり、ヨーロッパの他の地域と比べて諸侯や高位聖職者が元々かなり大きな権力を持っていたのですが、ルクセンブルク伯爵家出身のバルドゥインがトリーア大司教に就任していた14世紀には、西暦1356年のカール4世による金印勅書によって、トリーア大司教は神聖ローマ帝国の皇帝を選出する7人の選帝侯の1人に任命されました。

選帝侯の数は一定ではなく、時代によっては8人、9人あるいは12人となる事もあります。

当初の選帝侯には、カトリック大司教が兼ねる聖界諸侯が3人、俗界諸侯が4人選ばれていました。
トリーア、ケルン、マインツの選帝侯は、カトリックの大司教だったため、子を設けることができなかったことから世襲権力では無かった為、皇帝は自分に都合のいい人物を大司教位に送り込むことで選挙結果のコントロールがある程度可能となる仕組みでした。

トリーアはこうして選帝侯特権の庇護の元、古代に続いて中世にも栄えて行くのです。

中にはライン・プファルツ選帝侯のように、選帝侯の位を失う事もありましたが、トリーア大司教は西暦1801年にトリーアがフランスに占領されるまで、一貫して選帝侯の地位にありました。

現在のトリーアは、ドイツ連邦のラインラント=プファルツ州に属していて、人口11万人ほどの中規模な町となっています。

代表的建造物

トリーア大聖堂(聖ペテロ大聖堂)

トリーアの大司教座聖堂で、ドイツ最古の大聖堂と言われています。

かつてともに聖界選帝侯だった、ケルン、マインツの大聖堂と合わせて「ドイツ三大大聖堂」とも言われているそうです。
聖堂のベースは11世紀に建設されたロマネスク式の建物ですが、後世に修復、増改築された時にはゴシック式の建築方法が採用される事が多かった為、ロマネスク式とゴシック式の混合建築となっています。

聖母マリア教会

聖母マリア教会は、トリーア大聖堂のすぐ隣にある教会です。
実はこの2つの教会は、トリーア大聖堂の南回廊が聖母マリア教会に繋がっているため、互いに行き来することが出来ます。

13世紀に建設されたこのドイツ=ゴシック式の教会は、トリーア大聖堂と比べるとなんとも優しげな雰囲気を醸し出しています。

城のような厳めしい雰囲気のトリーア大聖堂の隣に、明るく、優しい雰囲気の聖母マリア教会があるのは一種のコントラストとなっており、トリーアで一番の見どころと言えるでしょう。

教会内部は大きなステンドグラスで囲まれ、思っている以上に明るい雰囲気となっています。

ポルタ・ニグラ(黒い門)

2世紀の終わりにトリーアの城壁北門として建設された門で、材料に黒い石を使った事からこのような名前になりました。

中世以降は一時期聖シメオン教会という教会が立っていましたが、ナポレオン戦争時に古代ローマ以外の建造物は取り壊され、再び城門の姿に戻りました。

トリーアの円形劇場

トリーアにある古代ローマの遺跡の中でも最大規模のものがこの円形劇場です。

古代ローマの時代でも帝国全体で5指に入るほど大きかったこの円形劇場には、2万人以上の観客を収容することができたそうです。
旧市街のはずれにあるこの劇場は、建設から約2000年後の現在でも演劇やコンサートなどのイベントに使用されることがあります。

古代ローマの人々も、こんなに時間が経ってまだ使われているとは思いもしなかったことでしょうね。

トリーアの皇帝浴場

4世紀初め、コンスタンティヌス帝によって作られた浴場です。

ローマにあるカラカラ帝の浴場に次ぐ規模を持っていることで有名です。
当時はいくつもの浴場と、運動場、その他の設備を兼ね備えた大型施設でしたが、コンステンティノープル遷都によって帝国の首都が移ってしまった為、一度も使用されなかったのではないかと言われているそうです。

現在は、浴場の一部と残されている外壁、地下通路の見学が可能です。

役立つ情報&豆知識

こちらではドイツ トリーア観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

モーゼルワイン

モーゼル川流域で作られているワインの総称ですが、実はその発祥の地はここトリーアです。
古代ローマ時代にローマ人は地中海文化と一緒にブドウも持ち込んだので、トリーアでもワインが作られるようになったのです。

特に有名なのは白ワインで、ワインとは思えないほどに甘いと言われています。
お手頃なものから高級なものまで揃っていますのでお土産にも最適です。

トリーアへのアクセス

・ルクセンブルグから バスで約1時間
・ケルンから     鉄道で約2時間30分
・フランクフルトから 鉄道で約3時間30分(※コブレンツで乗り継ぎです)

ケルンからは直行便がありますので、ケルンと組み合わせた日程が楽かと思います。

最後に

いかがでしたか。
これをきっかけにドイツのトリーアに興味を持って頂けたなら幸いです。

トリーアを実際に訪れてみるとイメージに反して観光客も多く、どうして日本ではこんなに知名度が低いのか不思議に思うほどです。
ケルンやマインツと比較しても知名度が低いのは、交通の便があまり良くなかった事もあるからでしょうか。

もしトリーアを訪れるなら、ぜひ地元のレストランに足を運んで頂きたいです。

ドイツと言うとやはりビールがイメージされますが、ドイツワイン発祥の地でもあるトリーアには、歴史的にもフランス文化の影響を受けたこともあってワインに合う料理が楽しめるレストランも多いです。
もちろん美味しいビールも豊富にありますので、そういった意味ではお得な町かもしれません。

ドイツやルクセンブルグにお出かけの際には、是非トリーアへ足を伸ばしてみて下さい!