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学問の町?黄金の都市!?スペインの世界遺産サラマンカ旧市街の見所とは?

 

今回ご紹介するのは世界遺産、スペインの「サラマンカ旧市街」です。
皆さんはサラマンカという町についてご存じでしょうか。

サラマンカはスペインの首都マドリードの北西、約200キロメートルの場所にあります。
この町の歴史は古く、古代ローマ帝国にまでさかのぼる、2000年の歴史を持つ町です。

中世には「知識を欲する者はサラマンカへ行け」と言われる程の学問の町として有名でした。
そんなスペインの世界遺産、サラマンカ旧市街の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

サラマンカの歴史

サラマンカの歴史は原始時代にまでさかのぼります。
現在のサラマンカ付近で発見された遺跡の発掘によって、少なくとも紀元前7世紀頃にはこの付近に原始人の集落があった事が判明しているのです。

その後、紀元前3世紀には共和精ローマ最大の敵、カルタゴの将軍ハンニバル・バルカがイベリア半島を制圧した時に、サラマンカの前身と見られる古代都市「ヘルマンティカ」を占領したという記録が残っています。

ハンニバル・バルカはその後アルプスを越え、イタリア半島に侵入してローマを大いに苦しめました。
この戦争を第二次ポエニ戦争と言います。

第二次ポエニ戦争では、ハンニバル・バルカに率いられたカルタゴ軍によって、それまでのヨーロッパ世界で無類の強さを誇ったローマは連戦連敗を喫してしまいます。

しかし、カルタゴ本国ではバルカ家と敵対する勢力が国政の実験を握っていた為、イタリア半島への援軍は届かず、逆にローマの将軍スキピオによってバルカ家の地盤であるイベリア半島の重要拠点、カルタゴ・ノヴァを攻略されてしまいました。

第二次ポエニ戦争に勝利したローマはカルタゴの海外植民地であったイベリア半島を奪い、ローマ属州ヒスパニアとして植民地経営に乗り出します。
やがて、共和制から帝政に変わった古代ローマ帝国の最大版図を築く皇帝がヒスパニアから現れました。
古代ローマ五賢帝のひとりで初の属州出身の皇帝、トラヤヌス帝です。

トラヤヌス帝は属州ヒスパニア出身だったので、イベリア半島の交通の要衝に目をつけ、古代都市「ヘルマンティカ」の跡地に「サルマンティカ」という名前の町を建設しました。

これが現在のサラマンカです。

この時代にトラヤヌス帝によって建設されたローマ橋は、18世紀の修復を経て、21世紀の現在でも歩道として使用されています。

西ローマ帝国が滅びると、サラマンカは西ゴート族の領土になりました。
西暦589年、西ゴート王国がカトリックに改宗するにあたって行われた行事に傘下した町の1つにサラマンカがあることが判明しています。
この時代からサラマンカはカトリックに改宗したとみてよいでしょう。

西暦711年に北アフリカからムーア人、続いてウマイヤ朝がイベリア半島に侵入すると、翌西暦712年には、サラマンカはムスリムによって攻略されました。

アラブ人による度重なる襲撃によって、この時代のサラマンカ周辺は人口が激減しており、トラヤヌス帝が建設したローマ橋の周辺にわずかな住民が残っていただけとも言われています。

この後サラマンカはしばらくイスラム教勢力の統治下にありましたが、300年後の11世紀後半に、キリスト教国による国土回復運動(レコンキスタ)によってレオン=アストゥリアス王国の領土に組み込まれました。

西暦1085年には、人口が激減してしまっていたサラマンカへの再入植が行われました。

新しい人々が入植すると、教会や城壁などが修復、再建され、町は次第に活気を取り戻して行ったのです。
西暦1218年にはアルフォンソ9世によってサラマンカ大学が作られました。

サラマンカ大学はイギリスのオックスフォード大学、ケンブリッジ大学や、フランスのパリ大学、モンペリエ大学、トゥールーズ大学、イタリアのボローニャ大学と並びヨーロッパ最古の大学の一つで、現在でも学生数3万人の学生が学んでいます。

冒頭でもお話したように、中世のサラマンカ大学は「知識を欲する者はサラマンカへ行け」と言われるほどの学問の聖地でした。

ここで天文学を基礎とした遠洋航海術が研究され、それを基にスペインは海洋帝国を築き上げたのです。
またアメリカ大陸進出後は、アメリカの統治や、新しい生物、植物の研究なども行われ、また同時にカトリックの思想に基づいた法学、哲学、神学の研究も行われ、サラマンカ学派と称していました。

大学自治や学問の自由を貫いていたサラマンカ大学でしたが、カトリックの神学研究が行われていたことから、ヨーロッパにおける反宗教改革の拠点でもあり、カトリックの教義に反した者を裁く、異端審問が開催されることもありました。

中世以降には大きな事件や政治的役割を与えられる事は無く、現在に至るまで学問の町として知られています。

代表的建造物

マヨール広場

サラマンカの中心にあるこの広場は、スペイン王位継承戦争でのサラマンカの果たした役割に感謝したフェリペ5世によって建設されました。

ここマヨール広場に面したサラマンカの市庁舎に使われた建材の性質で、夕日を浴びると金色に美しく輝くことから、サラマンカは「黄金の都市」と呼ばれてきました。

サラマンカ大学

ヨーロッパ最古の大学の1つで、その歴史は3番目に古いと言われているサラマンカ大学も、世界遺産に登録されています。

この大学は西暦1255年にはローマ教皇アレクサンデル4世によって「世界四大大学」に認定されていました。
大学構内には歴史的建造物も多く、1415年に建設が開始された中庭を囲む講義堂「エスクエラス・マヨーレス」もその一つです。

また、この大学には活版印刷が発明され、印刷が普及する前に人力で移されていた非常に貴重な写本も数多く残されています。

サン・エステバン修道院

西暦1525年から約100年をかけて建設されたプラテレスコ式の修道院です。

また、17~18世紀に発展したスペイン=バロック式(チュリゲラ式)の発祥の地でもあります。
この修道院にある祭壇の衝立は、スペイン=バロック式を考案したチュリゲラの作品で、高さが30メートルもあります。

この修道院はコロンブスが滞在していたことでも有名なのですが、コロンブスから新大陸発見の援助を申し込まれたカスティーリャ王イザベル1世が、援助をするかしないかを検討した場所でもあります。

新大聖堂

サラマンカには大聖堂が2つあり、新大聖堂は、西暦1149年から100年以上の時間をかけて建設された旧大聖堂が手狭になったことにより建設されました。

西暦1513年に着工した新大聖堂は、その後18世紀まで続く増改築によって、その時代、その時代の流行の建築様式が取り入れられた事から、様々な建築様式が混ざり合ったユニークな建物となりました。

この大聖堂のファサードはプラテレスコ様式の美の極致の1つとして知られているそうです。

貝の家

マヨール広場の近くにあるこの家は、外壁をびっしりと帆立の装飾が覆っていることから「貝の家」と呼ばれています。
もともとこの家には、巡礼地「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」への巡礼者を守る為のサンティアゴ騎士団の騎士が住んでいたと言われています。

帆立はサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼のシンボルです。
サンティアゴ・デ・コンポステーラは日本では知られていませんが、ローマ、エルサレムと並ぶキリスト教の三大聖地と言われています。

毎年多くの方がこの地に巡礼で訪れます。

夏のスペイン北部に行けば、多くの巡礼者を見かけると思います。
彼らが目指しているのが、サンティアゴ・デ・コンポステーラなのです。

役立つ情報&豆知識

こちらではサラマンカ観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

サラマンカ大学ファサードのカエル

古くから学問の聖地とされていたサラマンカに伝わる伝説の一つです。

サラマンカ大学のファサードのどこかにカエルの彫刻があり、それを見つける事のできた人は学業が成就するだろう、というのがその伝説です。

実際にカエルの彫刻はあるのですが、場所を教えてもらってもわからない人もいるほどわかりにくいそうです。
もし行く事があれば探してみて下さい。

サラマンカ大聖堂のオーパーツ

サラマンカにはもう1つ不思議なエピソードがあります。
それは、新大聖堂のオーパーツです。

この16世紀から18世紀にかけてつくられた大聖堂の彫刻に、なんと宇宙飛行士の彫刻があるというのです。
これは非常に有名な話で、実際に問題の彫刻も存在しています。

他にもアイスクリームをなめるトカゲのような彫刻もあるのですが、18世紀に宇宙飛行士もアイスクリームもあるはずがありません。

そこで、この彫刻はオーパーツと言うことになっているのです。

このオーパーツにはいろいろなエピソードがありますので、興味のある方は是非検索してみて下さい。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにスペインの世界遺産、サラマンカ旧市街に興味を持って頂けたなら幸いです。

「学問の町」、「黄金の都市」などと呼ばれ、大いに繁栄したサラマンカですが、近代以降はあまり名前が出る機会が無かった為、初めて名前を聞く方も多いのではないでしょうか。

日本ではあまり名前を知られていないサラマンカですが、実は日本にはサラマンカ大学と提携している大学が11校もあるのです。

また、サラマンカ大学構内には平成天皇、皇后両陛下が訪れた事を記念するモニュメントがあります。
こう聞くとなんだか親近感が湧いてくるのは私だけでしょうか。

スペインの首都マドリードから電車でもバスでも2時間程度で訪れる事のできるサラマンカは、マドリードと組み合わせての観光に持ってこいの場所です。

マドリードまでお越しの際は、是非サラマンカ訪問もご検討下さい!