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天空に浮かぶ修道院群!?ギリシャの山奥に存在する世界遺産メテオラに行ってみませんか?

今回ご紹介するのは世界遺産、ギリシャの「メテオラ」です。

メテオラはギリシャの山奥にあるギリシャ正教の修道院群です。
メテオラの語源はギリシャ語の「メテオロス」(宙に浮かぶ)から来ているそうです。

文字通り天空に浮かんでいるようなこの修道院群は、かつて修道士達が世俗との関わりを断ち、厳しい修行生活を送るのに良いと言うことで、あえてこのような厳しい環境の場所に建造されたそうです。

そんな神秘的な世界遺産、ギリシャのメテオラの歴史を踏まえつつご紹介していこうと思います。

メテオラの歴史

メテオラはギリシャの北部、テッサリア地方にあります。

奇岩群の多い険しい山奥で隠遁生活を送る隠者が現れたのは9世紀以前の事と言われています。
この時代の隠者=修道士はコミュニティを作らず、単独で修行を行う者が多かったそうです。

この頃は家屋を持たず、岸壁の割れ目や洞窟などの自然の地形で暮らしていた修道士も多くいたと伝わっています。

メテオラに修道院のコミュニティが出来たのは14世紀頃で、この頃ギリシャ正教の修道院として中心的存在となっていたアトス山が新興勢力であったセルビア王国がビザンツ帝国(東ローマ帝国)からセルビア王国領となったのがきっかけでした。

当時のセルビア王ステファン・ウロシュ4世ドゥシャンはアトス山の修道院に圧力を加えたわけではなく、むしろ手厚く保護を加えたのですが、戦乱を避けるために多くの修道士達がアトス山からメテオラに移り住んだのです。

アトス山を下山して、メテオラに移り住んだ修道士の中にアサナシオスという者がいました。

彼によって現在でも活動している修道院の一つである、メタモルフォシス修道院(メガロ・メテオロン修道院)が設立されました。
西暦1387年に建立された主聖堂は現在でも残っています。

アサナシオスはメテオラにキノヴィオンというアトス山式の修道院コミュニティのルールを導入し、メテオラに修道院が定着するように熱心に努めました。

メタモルフォシス修道院と前後して設立された聖ステファノス修道院、聖ニコラオス修道院もまた、現在も活動を続けている修道院の一つです。

メテオラに修道院のコミュニティを定着させるというアサナシオスの活動は、弟子のヨアサフに引き継がれます。
西暦1384にメテオラの指導者の一人であったアサナシオスが死亡すると、ヨアサフはメタモルフォシス修道院の院長となり、施設の整備など、修行環境の改善に取り組みます。

西暦1393年以降、ギリシャに進出していたオスマントルコ帝国はテッサリアを併合します。

オスマントルコ帝国はムスリムの国家だった為、かつてアトス山からメテオラに修道士が移り住んだのとは逆にアトス山に移り住む修道士達が現れました。

しかし、オスマントルコ帝国は伝統的に宗教には慣用で、イスラムへの改宗を迫るどころかメテオラの修道院を保護し、その修道院活動を保証したためメテオラの修道院には大きな変化は起こりませんでした。

その後、15世紀後半にはアギア・トリアダ修道院(至聖三者修道院)が設立されます。
15世紀末までにメタモルフォシス修道院はメテオラの修道院を束ねるようになり、この頃から「メガロ・メテオロン」修道院と呼ばれ始めたと言われています。

16世紀にはヴァルラアム修道院とルサヌ修道院が設立されました。

この2つの修道院も現在でも修道院として活動を続けています。
「クレタ派」のイコンはこの頃に数多く作られ、現在でも各修道院を美しく彩っています。
イコンというのは宗教画の一種で、正教会ではイコンを通じて神に祈りを捧げます。

イコンは崇拝の対象ではなく、そこにキリストや聖人、福者が描かれているから尊いのだそうです。
イコンには有名なモザイクイコンだけでなく、板イコン、フレスコイコンなどいろいろな種類があります。

ギリシャ正教では偶像崇拝に繋がる事からキリストや聖人の彫刻の作成を禁じている為、イコンは信仰と切り離せない大切なものなのです。

メテオラ周辺のテッサリア地方は西暦1881年にギリシャ王国領となります。

その後、現在に至るまで修道院活動は継続していますが、最近では観光地化が進んでいるメテオラでの修道生活を嫌い、より厳しい環境のアトス山に移り住む修道士が増えているそうです。

アトス山はギリシャ正教の聖地といわれている山で、やはり世界遺産に認定されています。

こちらはまた別の機会にご紹介しようと思います。

現在のメテオラでは24の修道院の内、2つの女子修道院を含む、6つの修道院が活動を続けています。
この後、現在も活動を続ける6つの修道院についてお話しようと思います。

現在も活動を続けている修道院

メガロ・メテオロン修道院(メタモルフォシス修道院)

メテオラの修道院の中では最大の修道院です。

アサナシオスによって設立された当時からの名称はメタモルフォシス修道院。
メタモルフォシスとは救世主の変容という意味だそうです。

旧食堂は「ビザンチン宝物聖遺品博物館」になっています。

ヴァルラアム修道院

1541年に設立されたメガロ・メテオロン修道院のすぐ近くの崖の上にある修道院です。

この修道院がある場所には、もともと14世紀頃ヴァルラアムという名前の修道士が住んでいたことからこのような名前になったそうです。

この修道院の「スケヴォフラキオ」と呼ばれる修道院聖物納室では、貴重な聖遺物が展示されていますので是非ご覧下さい。

ルサヌ修道院

16世紀中盤に設立された6つの修道院の中では新しい部類に属する修道院です。

垂直に切り立った崖の上に位置していて、西暦1930年に橋がかけられるまでは完全に空中に孤立していたそうです。
現在は女子修道院として活動しています。

聖ニコラオス・アナパフサス修道院

14世紀に岩の上に設立された修道院です。

岩の上は建物を建てる事ができる面積が少なかった為、フロアーを多くして数階建ての修道院を建てたのだそうです。

この修道院には、クレタ派を確立したイコン画家セオファニスの手による「キリストの再臨」というイコンが残されています。

聖ステファノス修道院

もともと12世紀頃から修道士が住んでいた場所に14世紀、メガロ・メテオロン修道院と前後して設立され、現在は女子修道院として活動しています。

現在の建物はオリジナルの建物ではなく、18世紀に改築されたものだそうです。

ここには15世紀頃にハンガリーの貴族から寄進された聖ハラランボスの頭部が収められた聖堂があります。
この事によって、聖ハラランボスはメテオラだけではなく、ギリシャ全体の守護聖人となっているそうです。

アギア・トリアダ修道院

断崖絶壁の上に作られたこの修道院は西暦1925年に階段が作られるまでは縄ばしごで行き来していたそうです。
この教会は標高も高く、修道院からの景色が絶景であることでも良く知られています。

役立つ情報&豆知識

こちらではメテオラ観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

修道院の閉館日

メテオラの6つの修道院はそれぞれ異なる閉館日を持っています。
全てを回ろうと思うと必ず2日以上が必要となりますのでご注意下さい。

・メガロ・メテオロン修道院     夏期 火曜日 冬期 火曜日、水曜日
・ヴァルラアム修道院         夏期 金曜日 冬期 木曜日、金曜日
・ルサヌ修道院           通年 水曜日
・聖ニコラオス・アナパフサス修道院 通年 金曜日
・聖ステファノス修道院       通年 月曜日
・アギア・トリアダ修道院      夏期 木曜日 冬期 水曜日、木曜日

アクセス

メテオラでは宿泊することが出来ないため、カランバカを拠点に観光をすることになります。

アテネからメテオラの麓のカランバカまでバスで6時間、電車で4時間半かかります。
カランバカからメテオラまではバスで20分、徒歩だと2時間以上かかります。

電車
アテネからカランバカ行きに乗車または
アテネからテッサロニキ行きに乗車、パレイオファルサロスでカランバカ行きに乗り換え

バス
アテネからトリカラ行きに乗車、トリカラからカランバカ行きに乗車。

最後に

いかがでしたか。
これをきっかけにメテオラに興味を持って頂けたなら幸いです。

日本ではキリスト教信者は少なく、またカトリック、プロテスタントではなく、ギリシャ正教となると普段の生活では我々日本人が触れることはほとんど無いのではないかと思います。

カトリック信者ですら私の周りには一人もいません。
ギリシャ正教となると、日本に信者がいるのかどうかもわかりません。

しかし、ギリシャでは多くの人が信仰している宗教で、メテオラはその聖地の一つです。

観光地化が進んでいるとは言え、節度を持った観光をするように気をつけましょう。
女性は肌の露出を控え、ロングスカートを着用するのがルールとなっています。
実際、肌を露出している女性は注意される事もあるそうです。

メテオラは、人によってはギリシャで最も素晴らしい場所、アテネよりももっと思い出になると言います。

確かにこのような絶壁に修道院が建っている場所は世界中を探しても他に無いでしょう。

数日がかりになりますが、その価値はあると自信を持って言える場所です。
ギリシャ旅行の際には是非メテオラへの訪問もご検討ください。