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イエメン最古の街!危機的世界遺産の古都ザビードの今に迫る!

古都ザビートとは?

古都ザビードは紅海から20kmほど内陸のイエメンの西部、サナアの南西に位置するフダイダ県ティハマ州に属しており、イエメンで最古の街のひとつ、最古のモスクが建造された場所として知られています。

交易と豊かな農業生産のより、これまでイエメンに現れた王朝の首都として置かれることの多かった都市ザビードは宗教や教育、学術の中心としても栄えました。

古都ザビードの最盛期だった13世紀から16世紀にかけて、イエメンはラスール朝とターヒル朝の二大王朝に統治され、マドラサやモスクもこの時期に数多く建立されました。

市場なども急激に整備が進められたのもちょうどこのころです。ラス-ル朝が統治していた時代の建造物であるモスクはイエメンにおいてもとても特徴的なもので、これらモスクと共にマドラサ、ザビ-ド大学は今に繁栄させたものでもあります。

古都ザビ-ドは86ものモスクが建造されており、サナアに続いてモスクの都市として記録されています。また、古都ザビードで最初の代数学が考えられたという逸話は有名です。

古都ザビードは、紅海沿岸に広がるティハーマ平野に位置するため、「ワーディー・ザビード」と「ワーディー・リマア」と呼ばれる2つの涸れ川(ワジ)に挟まれた都市であり、アフリカ大陸から吹く南西のモンス-ンにより流れてくる水を応用することで、綿花やトウキビ、ゴマなどを栽培することで豊かな農業を営んできたのです。

またエジプト商人古都ザビードを訪問し品物を中国から、香辛料をインドから取引していたとも言われ、この近辺で最初にマドラサが造られたのも古都ザビ-ドとも言われています。

しかし、1516年にマムル-ク朝によって古都ザビードは破壊され、翌年にはタ-ヒル朝も全滅したことにより、最盛期を迎えていた古都ザビードは衰退していき、オスマン帝国の支配下となった後は都市がザビ-ドからサナアへ移動し、それにより古都ザビ-ドは無力の地へと成り下がってしまいました。

16世紀後半以降こそ衰微してイエメンはフダイダ中心となりましたが、地方の小都市となるまでの13〜16世紀にかけてはイエメン一国にとどまらずインド洋全域のイスラム諸地域において宗教・教育・学術の中心地であったことが認められ、1993年に「古都ザビード」としてユネスコの世界遺産リスト(文化遺産)へ登録されました。

ところが、都市化など様々な理由が重なり、2000年には「危機にさらされている世界遺産(通称、危機遺産)」リストに登録されています。

古都ザビードに存在する「アル・アシャエル・モスク」は、ザビード最古のモスクと言われており、このモスクが建造された場所は土着宗教のための礼拝所の跡だったという説もあります。

危機遺産

古都ザビードは現在に至るまでにかなり崩壊が進んでおり、2000年に「危機にさらされている世界遺産(通称、危機遺産)」の一つに指定されています。

危機遺産とは、大地震・豪雨などの自然災害や紛争、密猟、開発行為などの人為的な災害により被害や損害、損傷などを負い深刻な危機にさらされていることで緊急の救済措置が必要とされている世界遺産のことで、紛争や貧困など社会的問題が背景となって世界遺産が危機遺産になるというケースもあります。

危機遺産と認められてしまうと、当事国は世界遺産委員会に対して保護管理について報告しなければなりません。

保護管理の措置に改善がみられたり遺産の状況や状態が危機的なものから脱すればその世界遺産は「危機遺産リスト」から除外されますが、反対に保護管理に改善がみられなかったり遺産の状態が悪くなればなれば、その世界遺産が「世界遺産リスト」から除外されることとなってしまい、当事国にとって大変不名誉なこととなってしまいます。

現在世界遺産委員会が古都ザビードを「世界遺産リスト」から除外することを検討しており、イエメン側がそれを食い止めようと活動している状況です。

古都ザビードとサナア旧市街も、レッドラインを下回っているという通告をすでに受け取っていますが、サナア旧市街と古都ザビードの状況の悪化を防ぐために、現場で何か措置が取られているわけではないという情報筋の話により、イエメン政府は各方面から非難を受けています。

文化遺産である古都ザビードの保存に関して怠慢であると言われているのが現状です。

世界遺産はその名の通り歴史的に長いこと存在しているものが多く、各国の情勢やその保存状態により劣化や損傷が多くなるのは、当然ともいえます。

美しい外観やその精巧な構造が現在に至るまで私たちに教えてくれることが多々あります。これら美しい世界遺産をしっかり保存して次の世代に引き継いでいくことが私たちの役割ともいえます。

現在、この「危機遺産リスト」に登録されている世界遺産は、自然遺産が17件、文化遺産が21件の合わせて38件となっています。

初めての大学

イエメンは9世紀にはモハメッド・イブン・ジヤッドによって統治されジヤード朝が建国され、その当時にアラビア半島初の大学としてザビード大学が設立されました。

モスクでは通常、神学校が併設されていますが、ザビード大学は単なる神学校とは一線を画したもので、その姿は神学校と多数のモスクとの集合体でした。

そのザビード大学は高等は教育を施す場としてその名をすぐに轟かせることとなり、国内外から全盛期には5000人とも言われる多くの学生が勉強に来ていたと言われています。

このように当時は絶対的な教育機関として存在していたザビード大学ですが、15世紀以降は他勢力による統治もあり、ザビードそのものが都市として重要性を失っていきます。

現在に至っても当時のモスクと神学校が残っていますが、もはや集合体ではなく、当時のように大学としては構成されていません。

古都ザビード訪問時の注意事項

イエメンへ入国の際はVISA(査証)の確認を必ず行なってください。

また言語に関してですが、現地ではアラブ語が主流です。

地域にもよりますが英語力が乏しいとも言われており空港の入管でも手間取る可能性があります。査証など一連の手続きは日本国内で完了させるようにしてください。

空港で預け入れた荷物が現地で受け取れないなどのトラブルも聞かれますので、手荷物番号はなくさないよう常に持ち歩くようにしましょう。

観光の際に関する注意事項ですが、モスクを含めイスラム施設見学の際は必ずそれぞれの施設の厳格なルールに従ってください。また施設によっては入堂が不可能な場合があり、その際は外から施設を見学することになります。

最後に

年に1回のラマダン時にはレストランや店舗が閉鎖となりますので、ラマダンの時期を事前に確認してから観光されることをおすすめします。

今後遺産維持のための改善が見られ、危機遺産を脱することが出来れば1番良いのですが、もしかすると世界遺産ではなくなってしまうかもしれない古都ザビート。せっかくなら世界遺産である今、早めに訪れてみることをお勧めします。