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古代ローマ人が世界一美しい海岸と称した世界遺産!アマルフィ海岸へ行く前に知っておきたいこと特集!

 

今回ご紹介するのは世界遺産、イタリアの「アマルフィ海岸」です。

皆さんはアマルフィ海岸についてご存じでしょうか。

アマルフィ海岸はイタリアの南部、サレルノ湾に面した海岸線で、「世界で最も美しい海岸」と言われています。

実はこの「世界で最も美しい」という基準については世界中で賛否両論があります。

確かに美しい景色だとは思うが、世界一というほどなのか?という反対意見はよく見られます。

これに対して、世界一の称号に理解をする側では、古代ローマ人の世界観で言えば間違いなく世界一だった、という意見があります。

北部イタリア、特にアルプス付近などから来た人々にとっては、暖かい気候と鮮やかな空と海はそれだけ魅力的に目に映ったのかもしれない、と思うと灌漑深いものがありますね。

そんなアマルフィ海岸の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

アマルフィの歴史

イタリアの歴史に詳しい方ならアマルフィの名前をご存知なのではないかと思います。

中小規模の都市国家や公国が乱立していたイタリアの歴史上、アマルフィは早い時代に海洋国家として隆盛した町でした。

時代が下るにつれて北部のベネツィアやジェノヴァなどに押されはじめ、最終的にはピサに攻撃されて衰退してしまいましたが、それまではイタリアの四大海洋国家として非常に有力だったのです。

アマルフィの町は西暦339年に設立された交易拠点が基となっています。

当初は東ローマ帝国に臣従していたナポリ公国の領土でした。

西暦838年にはランゴバルド人によって武力攻撃されますが、翌西暦839年にはランゴバルド人から独立を取り戻します。

侵略を跳ね返した人々は独自に首長を選び、都市国家として共和国を目指しました。

約100年後の西暦958年には国家元首であるアマルフィ公爵を選出し、独立国家となります。

この頃はアマルフィを中心に地中海交易が行われていたこともあり、海上覇権を通してアマルフィは大きく発展しました。

11世紀初めごろから徐々にアマルフィは周辺諸国から圧力を受けるようになり、中でもサレルノ公国からは軍事的にも政治的にも介入が行われました。

西暦1073年にはノルマン系と言われている、ロベルト=イル=ギスカルトによって町が攻略され、アマルフィ公爵位も簒奪されてしまいました。

11世紀末に起きた大規模な反乱は約5年間続き、30年後に再び大きな反乱が起きましたが、これを口実にシチリア国王のルッジェーロ2世がアマルフィを占領し、アマルフィ公国はシチリア王国に併合されました。

その後もシチリア王国領ではありますが、地中海交易の中継拠点としての重要性は変わらず、栄えていました。

しかし、12世紀中ごろの西暦1135年と西暦1137年に、南進してきたピサ海軍の攻撃を受け、これをきっかけにアマルフィの海上優位は失われ、経済的にも急激に衰えていきました。

ヘラクレスの伝説

実はアマルフィにはギリシャ神話の英雄、ヘラクレスにまつわる伝説があります。

ヘラクレスは妖精ニュンペー(ニンフ)と仲睦まじく暮らしていましたが、ある日ニュンペーが亡くなってしまいます。

これを非常に悲しんだヘラクレスは、せめて彼女の遺体を美しい場所に葬ってあげようと思い、放浪を続け、やがてアマルフィ海岸にたどり着いたヘラクレスは、やっと彼女に相応しい、世界で最も美しい場所を見つけた、と言ってニュンペーの遺体をこの地に葬ったという伝説です。

アマルフィが世界で最も美しい海岸と言われているのはこの伝説に由来しています。

ポジターノ

アマルフィ海岸の観光地はアマルフィだけではありません。

周辺にはポジターノやプライアーノ、コンカ・デイ・マリーニといった高級リゾート地がいくつもあります。

今回はその中の1つ、ポジターノについてご紹介しようと思います。

ポジターノはアマルフィ海岸の至宝とも言われているリゾート地で、サレルノ湾に面した急勾配の斜面に広がる小さな町です。

アマルフィからバスに乗り、1時間程度の位置にあるこの町には避暑地や避寒地として毎年多くの観光客が訪れます。

人気のリゾート地ではありますが、海と山の景観以外には観光スポットなどはありませんので、ゆっくりとバカンスを過ごしたい人向けの場所と言えるでしょう。

リゾート地ですのでホテルの数は多く、部屋によっては絶好のオーシャンビューとなっています。

起伏が激しい坂の上に向かって町が広がっていますので、キャスターのついていない重い荷物を持っているとなかなか大変です。

ホテルはグレードの高いホテルもあり、宿泊費は1泊1部屋2名で17000円から100,000円程度まで幅広くなっています。

ポジターノはリゾート地ですので、お食事やお買い物のお支払はそこまでリーズナブルというわけには行きませんが、目が飛び出るほど高いというわけでもありません。

イタリアとしては少し高いな、と思うくらいの値段設定になっています。

日本でも同じだと思うのですが、やはり田舎の食事は都会に比べると新鮮な海の幸、山の幸が多く手に入るため美味しいです。

ポジターノも例外ではなく、ローマやフィレンツェのレストランと比較すればお値段もリーズナブルですし、味はこちらの方が上だという方も多くいらっしゃいます。

アマルフィ大聖堂

こちらは世界遺産の海岸とはあまり関連性がないのですが、アマルフィ市内にあるアマルフィ大聖堂です。

9世紀頃建設されたこの大聖堂は、アマルフィの歴史を象徴しているかのように様々な建築技法が混在しています。

ビザンツ式、サラセン式、ロマネスク式、ゴシック式、バロック式、ロココ式など各年代で流行していた建築様式が取り入れられていることが特徴で、第4回十字軍が行われた年に奉納された聖アンデレの聖遺物が収められていることでも有名です。

アマルフィはあまり観光スポットはありませんが、この大聖堂は必見と言えるでしょう。

お役立ち情報

こちらではアマルフィ海岸観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

デリツィエ・アル・リモーネ

アマルフィ地方の伝統的なお菓子がデリツィエ・アル・リモーネです。

これはわかりやすく言えばレモンケーキです。

まん丸のふわっとしたスポンジの内側にはレモンベースのクリームが入っていて、スポンジの上には薄いレモンピールが添えられています。

レモンはアマルフィの特産品で、この他にもレモンを使ったいろいろな食べ物があります。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにアマルフィ海岸に興味を持って頂けたなら幸いです。

12世紀にピサによって攻撃され、衰えてしまったとアマルフィですが、その後もイタリアでは四大海洋国家としてとらえられていました。

現在のイタリア海軍旗にもその名残が残っています。

イタリア海軍旗は、三色のイタリア国旗の中心部にベネツィア、ジェノヴァ、ピサ、そしてアマルフィの四大海洋国家の紋章を配置したデザインなのです。

ナポリやポンペイ、シチリアといった人気の観光地から近い位置にありますので、そちらと組み合わせて訪れる方も多くなっています。

南イタリアへのご旅行をお考えでしたら、アマルフィ海岸でのんびりお過ごしになるのはいかがでしょうか!