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中国の世界遺産!曲阜の孔廟、孔林、孔府を歴史から紐解いてみた!

今回ご紹介するのは世界遺産、中国の「曲阜の孔廟、孔林、孔府」です。

皆さんは曲阜の孔廟、孔林、孔府についてご存じでしょうか。

曲阜の孔廟、孔林、孔府は三孔とも呼ばれている、孔子ゆかりの建造物のことです。

曲阜というのは町の名前で、中華人民共和国の山東省にあります。

孔子というのは儒教の元となった古代中国、春秋時代の思想家の一人です。

そんな曲阜の孔廟、孔林、孔府の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

孔子と儒教について

みなさんは孔子と儒教についてご存知でしょうか。

儒教を体系的にまとめ、発展させた人物として有名な孔子ですが、詳しい人物像を知らない方もいるのではないかと思います。

今回ご紹介する世界遺産は、孔子ゆかりの建造物群ですので、まずは孔子本人についてお話をさせて頂きます。

孔子は紀元前5世紀の中国に生まれました。

その頃の中国は春秋戦国時代といって、後の統一王朝のような大きな国があったわけではなく、いくつもの小国に分かれて争っていました。

孔子が生まれたのはその中の1つ、魯という国です。

孔子はそれまでにあった家族とのあり方や、主君とのあり方の考えをまとめ、身分制による秩序と、仁を中心とした政治を理想とした儒教を作り上げました。

儒教の考え方は春秋戦国時代にはそこまで支持されなかったのですが、広い中国を統一した王朝が出来ると、安定した社会制度を志向したことから広く支持されるようになり、長い間中華世界での基本的な考え方として採用されるようになりました。

時代が下ると朝鮮や日本にも儒教は伝わり、やはり支配階級の間で広く支持されました。

儒教には「教」という文字がつかわれていますが、宗教ではありません。

人と人との繋がりや、社会との繋がりについての考え方が儒教なのです。

孔子は儒教の始祖ではありますが、聖人視されているわけではありません。

また、儒教とひとまとめになってはいますが、孔子の話した内容は儒教の中の「論語」という書物の内容だけで、他は全て3000人以上いたと言われている孔子の直弟子や、孫弟子、後世の儒家によって残されたものばかりです。

性善説の孟子、性悪説の荀子などの人々も全て儒学者です。

中国や朝鮮では儒教の教えをどれだけ知っているかが国家試験となり、科挙制度というもので官僚が採用されていましたが、日本では行われませんでした。

これは日本では長い間統一王朝が作られなかったことも大きいのかもしれませんが、長い戦国時代に身分制度が崩壊したことも大きな要因だったのかもしれません。

近代まで儒教の影響が最も強かったのは朝鮮半島で、年上の人とお酒を飲むときは先に口をつけない、タバコは吸わない、お酒を進められても2回までは断り、3回目には固辞するのが失礼にあたるので口元を隠して飲むなど、民間の風習にも儒教の影響が見られます。

三孔について

孔廟、孔林、孔府の3つの孔子にまつわる建造物をまとめて三孔と呼んでいます。

日本から訪れる人は口を揃えて、こんなに大規模なものだとは思わなかったと仰います。

ここでは3つの建造物についてご紹介していきます。

孔廟

孔廟はその名の通り、孔子の霊を祭る墓廟です。

孔子の死後、儒教を採用した歴代王朝の皇帝によって増改築、改修が行われたため、宮廷風の厳かな建築物となっています。

中国各地にある孔子廟の中でも群を抜いて大きいのがこの孔廟で、縦600メートル以上、横幅150メートル程の規模となっています。

もともとは紀元前478年に孔子の生国である魯の哀公という君主が孔子を祀る廟を建てたのが孔廟の始まりで、長い年月をかけて現在の規模となったのです。

孔廟は明王朝、清王朝の皇帝居城だった紫禁城、泰山を祀った岱廟と併せて中国の三大宮廷建築物としてよく知られています。

孔林

曲阜市の北側にある孔子一族専用のお墓が孔林です。

この孔林は現存する1つの一族の墓地としては世界で最も古くから存在しており、またその面積も世界で最も大きい墓地となっています。

孔林も孔廟と同じく、魯の哀公によって紀元前478年に作られました。

孔子の死後、2年後のことです。

10回以上に渡って敷地を増設された孔林は、現在では面積約2平方キロメートル、周囲は50キロメートル以上にわたって林が取り囲み、墓地の塀は高さ3メートルにもなります。

孔府

孔廟の東側にあるのが孔府です。

ここには孔子の直系子孫が代々住んでいました。

紫禁城の次に大きい建物である孔府の総面積は約200ヘクタールで、450を超える建物が含まれています。

孔府の東側は孔子一族の私的な空間、西側は儒教を学ぶ学院となっています。

孔府には数多くの歴史的に価値のある文化財が収蔵されていて、清王朝の乾隆帝から孔府に下賜された「商周十器」と呼ばれてた春秋戦国時代からの青銅器が有名です。

お役立ち情報

こちらでは曲阜の孔廟、孔林、孔府観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

曲阜の孔廟、孔林、孔府へのアクセス

山東省の省都、済南からバスまたは鉄道で訪れる方が多くなっています。

バスでは2時間~3時間ほどかかりますが、鉄道を利用した場合には30分程度で到着します。

曲阜東駅からはバスまたはタクシーでの移動になります。

ほとんどの人は最初に孔廟を訪れることになるかと思いますが、孔林、孔府の間は徒歩で回れる距離です。

現地ではケーブルカーのチケットを進められるのですが、歩くのが苦手な方でなければ必要ないかと思います。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけに曲阜の孔廟、孔林、孔府に興味を持って頂けたなら幸いです。

中華文化圏に大きな影響を残した儒教の始祖、孔子とその一族ゆかりの場所がこの曲阜の孔廟、孔林、孔府です。

儒教と聞いてもあまり内容が思い浮かばないという方でも、断片的な文章やことわざ、四字熟語などを通して知っている方は多いのではないでしょうか。

孔廟、孔林、孔府の三孔は中国の三大宮廷建築とされていることもあり、見どころの多い壮大な建物です。

一点だけ、現在は孔子の子孫はここに住んでいないというのが残念ですが、仕方ありません。

文化大革命の時に孔子一族も迫害されたため、台湾に亡命してしまったのです。

儒教や孔子に興味がおありでしたら、是非曲阜の孔廟、孔林、孔府ご訪問もご検討下さい!