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ロシアの世界遺産!カザン・クレムリンの歴史遺産群と建築物群についてまとめてみた!

今回ご紹介するのは世界遺産、ロシアの「カザン・クレムリンの歴史遺産群と建築物群」です。

皆さんはカザン・クレムリンの歴史遺産群と建築物群についてご存じでしょうか。

カザン・クレムリンの歴史遺産群と建築物群はロシア連邦を構成している共和国の1つ、タタルスタン共和国にある10世紀から19世紀までの歴史的建造物群のことです。

タタルスタン共和国はロシアの首都モスクワの東側にある国で、世界遺産のある首都カザンはモスクワから約850キロメートルほど離れています。

日本人にはあまり馴染みのない世界遺産ですが、ブルガール、モンゴル、ルーシの諸民族文化が融合した歴史的価値などの点で重要な世界遺産です。

そんなカザン・クレムリンの歴史遺産群と建築物群の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

タタルスタンの歴史

タタルスタン共和国の首都となっている、カザンの地に一番最初の要塞を建設したのは、トルコ系の遊牧民族、ヴォルガ=ブルガール人でした。

この古い要塞は、現在世界遺産にもなっているカザン・クレムリン城塞の北側の丘の上にありました。

実はヴォルガ=ブルガール人自体は文献資料を残していないため、どのような民族的風習を持っていたかなど、謎が多く残っています。

現在判明している事についても、ロシア、インド、アラブなどの文献の記載による情報からのものがほとんどです。

そんな謎を多く持つヴォルガ=ブルガール人でしたが、西暦1237年頃に遥か東方からやってきたモンゴル帝国によって征服されてしまいました。

この時やってきたのは、モンゴル帝国の中の、「ジョチ=ウルス」と呼ばれる遊牧政権でした。

モンゴル帝国は複数のウルスから構成されていて、チンギスハーンの長男、ジョチが率いたウルスをジョチ=ウルスと言います。

キプチャク=ハーン国と言った方がわかりやすい方もいらっしゃるかもしれません。

その後、15世紀にジョチ=ウルスが分裂していく中で、カザンにはカザン=ハーン国が成立しました。

カザン=ハーン国は要塞の内部にハーンの宮殿や王族、臣下の邸宅を築きました。

またカザン=ハーン国はムスリム政権でもありましので、要塞内にクルシャーリフモスクが建設され、カザンのイスラム聖地としてあがめられていました。

カザン=ハーン国は西暦1552年まで続きましたが、この年にモスクワ大公で最初のツァーリとして戴冠していたイヴァン4世(雷帝)によって征服され、滅亡しました。

このイヴァン4世による軍事占領時には、激しい略奪や破壊が横行し、最後まで籠城していた男性は全員処刑、女性と子供は捕虜となったと伝わっています。

カザン=ハーン国の宮殿があった古い城塞もほぼ全面的に破壊され、クルシャーリフモスクもこの時代に失われました。

ロシア帝国領となったあとのカザンは、ロシアの東部進出のための重要な根拠地の1つとなり、それに伴って政治と軍事の根拠地としてもともとの城塞跡地にクレムリンが建設されました。

クレムリンは各時代のカザンの統治者によって増改築が繰り返され、17世紀にカザン県知事邸となると、知事公邸、皇帝宮殿、駐留軍司令部などの施設や、それらを防衛するための城壁などが増築され、現在の規模になりました。

代表的建造物

ヴラゴヴェシェンスキー大聖堂

ヴラゴヴェシェンスキー大聖堂は現在あるカザン・クレムリンの中で最も古い建造物と言われています。

西暦1554年から西暦1532年にかけて造られたこの大聖堂は、青いたまねぎ型の屋根を持っていることが特徴です。

また、この大聖堂の鐘楼はもともと低かったものを、イヴァン4世の命令によって5層構造に作り直されたエピソードがあり、モスクワにある「イヴァン大帝の鐘楼」と非常によく似ていることでも知られています。

オリジナルの建物は西暦1930年にロシア革命で政権を握ったソヴィエト連邦共産党政権によって破壊されてしまいましたが、ソヴィエト連邦崩壊後、ロシア連邦の手によって再建されました。

スュユンビケ塔

カザンの町のシンボルともなっているのがクレムリンのスュユンビケ塔です。

高さ約60メートル、6層構造になっているこの斜塔は、実は詳しい資料がいまだに発見されていないため、建設時期すら特定できていません。

6層構造の最下部は門の形になっていて、カザン・クレムリンの南門として使用されています。

スパスカヤー塔(救世主の塔)

スパスカヤー塔とは救世主の塔という意味で、建設当時に近くにあったスパースキー修道院に由来してこの名前となったと伝わっています。

スパスカヤー塔はまるで白雪のような真っ白な外観をしているため、赤い外観のシィユンビケ塔と一対にしてとらえられることもあります。

クルシャーリフモスク

先ほど歴史のお話をしたときにも登場しましたが、クルシャーリフモスクはムスリム政権だったカザン=ハーン国によって建設されたイスラム教のモスクです。

オリジナルの建物は西暦1552年のイヴァン4世によるカザン征服で壊されてしまいましたが、21世紀に入ってからヨーロッパで最大規模のモスクとして再建されました。

お役立ち情報

こちらではカザン・クレムリンの観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

クレムリンについて

クレムリンと聞くと、有名なモスクワのクレムリンしか思いつかないという方は多いかと思います。

実はクレムリとはロシア語で城塞を表す言葉で、ロシア各地にクレムリがあるのです。

カザンのクレムリはモスクワのクレムリにやや遅れて建設されました。

カザン征服以前の城塞まで含めるとこちらの方が古くなるのですが、一度完全に破壊されてしまっているため、現在のクレムリンとは違う建造物とみなされています。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにカザン・クレムリンの歴史遺産群と建築物群に興味を持って頂けたなら幸いです。

カザンと聞いてもどこにあるのか、どうやって行くのかよくわからないという方がほとんどかと思いますが、2018年6月現在行われているサッカーのFIFAワールドカップの試合会場にもなっているので、少しは名前が知られたかもしれません。

ロシアの首都モスクワから飛行機で1時間半で訪れることが出来るカザンは、市の行政当局によって「ロシア第三の首都」というブランディングも行われており、近年では多くの観光客が訪れるようになりました。

モスクワから気軽に訪れることもでき、見どころも多い町ですので、是非2つのクレムリンを比較して頂けたら、と思います。

ロシアの首都、モスクワへお越しの際には是非カザンご訪問もご検討下さい!