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ルーマニアの世界遺産!トランシルヴァニア地方の要塞教会群のある集落とは?

今回ご紹介するのは世界遺産、ルーマニアの「トランシルヴァニア地方の要塞教会群のある集落」です。

皆さんはトランシルヴァニア地方の要塞教会群のある集落についてご存じでしょうか。

トランシルヴァニア地方はルーマニア共和国の中部から北西部にかけての広い地域のことで、要塞教会群のある集落は、このトランシルヴァニア地方に広く分布しています。

もともとトランシルヴァニア地方では、要塞化した教会を中心に村が形成されていった歴史があり、300以上の村が存在していました。

世界遺産に登録されたのは、そのうちの7つの村で、ドイツ系住民(トランシルヴァニア・ザクセン人)の6つの村とハンガリー系住民(シーケイ人)の1つの村が対象です。

そんなルーマニアの世界遺産、トランシルヴァニア地方の要塞教会群のある集落の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

トランシルヴァニア地方の歴史

トランシルヴァニア地方は、紀元前2000年ごろにはダキア人が定住していたと言われています。

古い時代のことはあまり判明していないのですが、紀元前514年のペルシャ戦争では、ダキア人がダレイオス1世率いるペルシャ軍と勇敢に戦ったという記録が残っています。

紀元前1世紀にはダキア人の王国が成立しましたが、西暦101年から106年にかけて二度のダキア征服戦争の結果、古代ローマ帝国の属州ダキアとなりました。

古代ローマ帝国はダキアへのローマ人入植を進めたため、ローマ化が進行しました。

現在のルーマニアの国名は、ローマ人の国という意味の言葉(ローマニア)が語源です。

西暦271年に古代ローマ帝国軍がダキアを放棄すると、トランシルヴァニア地方も西ゴート族の支配下に入りました。

その後、フン族が進出によってスラヴ系住民が移り住むようになり、ブルガール人の王国が形成されました。

ブルガール人は西暦1000年頃までトランシルヴァニア地方を含むルーマニアを統治します。

西暦1053年の教会大分裂(大シスマ)では、ルーマニアにあったモルダヴィア、トランシルヴァニア、ワラキアの3カ国は東方正教会に組み入れられましたが、トランシルヴァニアは11世紀中にはカトリック教国のハンガリー王国の支配下に入ったため、ローマ=カトリック教会が優勢となります。

ハンガリー王国の支配下に入ったころ、この地方に司教座が設置されました。

現在はルーマニアとなっているトランシルヴァニア地方ですが、この11世紀のハンガリーによる征服後、約900年に渡っては独立国であったり、ハンガリー帝国領であったりして、ルーマニアの一部となったのは20世紀に入ってからのことなのです。

12世紀から14世紀にかけては、ドイツ人による東方植民が行われドイツのザクセン地方から多くの人がトランシルヴァニアに移り住みました。

このドイツ系の人々をトランシルヴァニア・ザクセン人と言います。

この時期に入植した人々は、要塞化した教会を中心とした集落を形成し、その内の7カ所が現在世界遺産に認定されています。

西暦1526年、モハーチの戦いでハンガリー・ボヘミア王のラヨシュ2世がオスマントルコ帝国軍に敗れると、ハンガリー、ルーマニア地域はハプスブルク家の神聖ローマ帝国、のちにトランシルヴァニア公国となる東ハンガリー王国、オスマントルコ帝国の三勢力が入り交じり、混沌した様相を帯びてきます。

東ハンガリー王国はやがてオスマントルコ帝国保護国のトランシルヴァニア公国となり、オーストリア=ハンガリー二重帝国の領土を経て西暦1920年のトリアノン条約によってルーマニア王国に帰属しました。

代表的建造物

ビエルタンの要塞教会

ビエルタンは、メディアシュ市から東に約15キロメートルの地点にある村です。

ピエルタンの要塞教会は村を見下ろす小高い丘の上に非常に良い状態で残っています。

この要塞教会は西暦1412年に初めて文章に記録されていますが、それ以前にも同じ場所に建物があったことが判明しています。

この要塞教会は、トランシルヴァニア地方のルーテル教徒の本部として活動していました。

クルニクの要塞教会

西暦1200年頃に建設されたと言われているこの要塞教会が最初に記録されたのは西暦1267年の事でした。

楕円形の城壁で周囲を囲んだこの要塞には、「スィグフリド塔」と呼ばれている住民の居住区と1つのチャペルがあります。

この教会は16世紀までに徐々に要塞化されました。

教会自体は19世紀にネオ・ゴシック式の教会聖堂に立て直されたため、当初のオリジナルの部分はほとんど残っていません。

ドゥルジウの要塞教会

オドルヘユ・セクイエスク市の南西約20キロメートルの地点にある教会です。

この教会はもともと13世紀に建てられたものが徐々に要塞化され、西暦1400年頃城壁が完成したと言われています。

要塞教会南側には周辺のどこからでもよく見える高い尖塔があります。

この要塞教会で最も古い建造物がこの尖塔になります。

プレジュメルの要塞教会

上から見ると丸くなっているこの要塞教会は、14世紀から15世紀にかけて建設されました。

高さ12メートル、厚さ4メートルにもなる城壁を備えたこの要塞教会には、「死のオルガン」という恐ろしい名前の兵器が用意されていました。

この「死のオルガン」は、複数の大砲や小銃、カタパルトが連動して一斉射撃を行うもので、絶大な防御力を持っていました。

サスキズの要塞教会

14世紀頃建設されたこの要塞教会は、他の村の要塞教会とは異なり、村の中心部ではなく外苑部に建設されました。

要塞教会の大部分は建設当初のまま残されており、また、要塞教会敷地内からは古代の陶器や中世の剣、装身具などが発見されています。

ヴァレア・ヴィイロルの要塞教会

13世紀頃建設されたという要塞教会で、聖堂は「聖ペテロ」と呼ばれています。

他の要塞教会と比較して大きいこの要塞教会は、15世紀から16世紀にかけて城壁や監視塔などの防御施設が増強されました。

ヴィスクリの要塞教会

13世紀頃に建設された要塞教会で、イギリスのチャールズ皇太子がここを訪れた事でも有名です。

教会聖堂は13世紀の当時の建物ではなく、14世紀、15世紀に立て直されています。

20世紀の後半には大規模な補修工事が行われました。

役立つ情報&豆知識

こちらではトランシルヴァニア観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

黒い湖

黒い湖とは、巨大なフリーマーケットの事です。

ネグレニという町のクリシュル・レペデ川の河川敷で行われるこのマーケットは、毎年6月と10月に開催されます。

6月よりも10月の方が大規模で、開催中は非常に多くの方がこのマーケットを目当てに訪れます。

上質なアンティーク品が多数出品されていて、過去にはものすごい掘り出し物もあったのだとか。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにトランシルヴァニア地方の要塞教会群のある集落に興味を持って頂けたなら幸いです。

トランシルヴァニアと聞いて、私達が思い浮かべるのはブラム・ストーカーの小説で有名になったドラキュラ伯爵くらいかもしれません。

日本ではそれ以外は地名の低いトランシルヴァニアですが、現地では長い歴史があり、要塞教会群を中心とした集住形式は大変ユニークなものです。

残念ながら日本からの直通便はありませんが、ヨーロッパの大きな空港からルーマニアの首都ブカレストまではすぐですのでそこまでアクセスに不便は感じないかと思います。

次回のご旅行先が未定でしたら、是非トランシルヴァニアへのご旅行もご検討下さい!