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ヨーロッパの3大宮殿!オーストリアの世界遺産シェーンブルン宮殿と庭園群とは?

今回ご紹介するのは世界遺産、オーストリアの「シェーンブルン宮殿と庭園群」です。

皆さんはシェーンブルン宮殿と庭園群についてご存じでしょうか。

シェーンブルン宮殿は神聖ローマ帝国(オーストリア=ハプスブルク帝国)の皇帝が離宮として使用していた宮殿で、かの有名なマリー=アントワネットが15歳まで住んでいたことでも有名です。

そんなオーストリアの世界遺産、シェーンブルン宮殿と庭園群の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

シェーンブルン宮殿の歴史

14世紀から16世紀頃まではシェーンブルン宮殿のある場所はカッターブルクと呼ばれていて、荘園と製粉場があったといいます。

西暦1565年に神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン2世がカッターブルクを買い取り、キジの養殖場を作り、当時としては珍しかった孔雀や七面鳥などの動物も集めました。

西暦1610年頃、神聖ローマ帝国皇帝マティアスが狩猟に出かけた際に、美しい泉を発見したため、この地をシェーン(美しい)ブルン(泉)と名づけたと伝わっています。

17世紀の終わりにはオスマントルコ帝国による第二次ウィーン包囲が行われ、シェーンブルンにも大きな被害が出ました。

その後、西暦1693年にレオポルト1世が狩猟用の別荘を建設し、歴代のハプスブルク家当主によって増改築が行われました。

ウィーン・ロココ式のこの宮殿が完成したのは18世紀後半、女帝マリア・テレジアの時代です。

西暦1752年にはマリア・テレジアの夫、神聖ローマ帝国皇帝フランツ1世ステファンによって宮殿の敷地内に動物園が作られました。

フランツ1世は神聖ローマ帝国皇帝ではあったものの、オーストリア大公ではなかったため、実権を伴わない皇帝と言われています。

しかし、実業家としては優れた才能があり、莫大な財産を残しました。

七年戦争で疲弊したオーストリア大公国が国債を発行した際にはその保証人になっています。

また、鉱石や昆虫のコレクション、動物園、植物園を解説するなどしてその後の自然科学の発展にも一定の功績がありました。

西暦1762年には、マリー・アントワネットとモーツァルトがこの宮殿で出会い、モーツァルトがプロポーズをしたという伝説があります。

西暦1805年と西暦1809年には、フランスの皇帝となったナポレオン・ブオナパルテが司令部として使用したため、フランス軍の駐屯地となりました。

西暦1815年には、ナポレオン戦争の戦後処理について話し合うウィーン会議が開かれます。

シェーンブルン宮殿と庭園の見どころ

宮殿

テレジア・イエローと呼ばれる黄色い外観のシェーンブルン宮殿は、1441ある部屋のうち、40部屋ほどが見学可能となっています。

このテレジア・イエローは、オーストリア大公マリア・テレジアが、帝国の財政事情から、外壁に金箔を張り付ける代わりに金に似た黄色に塗るように命令したことからそのように呼ばれているそうです。

マリア・テレジア自身は特に黄色を好んだというわけではなく、当時オーストリアの財政は困窮しており、市民の反感を買わないように黄色で済ませたとの事ですが、この対応には夫のフランツ1世シュテファンの助言があったという話もあります。

フランツ1世シュテファンは実業家として非常に優秀だったので、このような倹約策を思いついたとしても不思議はありませんが、実際はどうだったのかは判明していません。

見学用のチケットは2種類あって、フランツ・ヨーゼフ1世とエリザベート皇后の部屋や大広間などの22部屋を見学するインペリアルツアーと、インペリアルツアーに加えてマリア・テレジアの時代の部屋を見学できるグランドツアーです。

どちらもオーディオガイド付きのツアーで、所要時間はそれぞれ約40分、約60分となっています。

ヨーロッパで最も華やかな一族、ハプスブルク家の人々の豪華な暮らしぶりを見て回れるこのツアーはとても人気で、チケットは入場時間が指定されています。

夏の観光シーズンの週末などは非常に多くの観光客が訪れますので、朝早くから行った方がいいかもしれません。

グロリエッテ

シェーンブルン宮殿の後方、丘の上で一際目立つ建物はグロリエッテです。

この左右対称のギリシャ風の建物は、西暦1757年にプロイセンとの勝利を祝ってオーストリア大公マリア・テレジアによって建設されました。

戦没者の慰霊碑でもあるこの建物の上には、神聖ローマ帝国皇帝の象徴である鷲の像が設置されています。

オーストリア大公マリア・テレジアもこの建物を愛し、ここで朝食を取ることが多かった他、公務の合間にコーヒーや紅茶を一服していたそうです。

グロリエッテからはシェーンブルン宮殿を中央に、ウィーンの町並みが一望できます。

小高い丘の上にありますので、地上からでも十分な景色となっていますが、建物の屋上からの景色はまさに絶景です。

現在のグロリエッテは残念ながらオリジナルではなく、第二次世界大戦で破壊されたものを戦後再建した建物になります。

グロリエッテにはカフェもありますので、オーストリア大公マリア・テレジアも同じように眺めていた景色と、ウィーン名物のウィンナ・コーヒーを楽しんではいかがでしょうか。

ネプチューンの泉

シェーンブルン宮殿とグロリエッテの中間地点にある巨大な噴水は、ネプチューンの泉といいます。

ネプチューンは海の神様で、ギリシャ風のポセイドンという名前の方がわかりやすいかもしれません。

何故海の無いウィーンにと、疑問に思い調べたところ、ネプチューンは地下水の支配者、泉の守護神という顔があるそうです。

海だけではなかったのですね。

シェーンブルン宮殿から徒歩でグロリエッテに向かう場合には、最初は宮殿の側からネプチューンの泉とグロリエッテが両方見えます。

近づくにつれてネプチューンの泉の迫力がわかるかと思います。

ヨーロッパの庭園では伝統的に噴水が非常に重要視されてきました。

オーストリア・ハプスブルク家のその巨大な権力によって作られたネプチューンの噴水は、ヨーロッパで最も優美な噴水の一つです。

日本庭園

シェーンブルン宮殿にある日本庭園は、西暦1913年にフランツ・フェルディナント皇太子が日本を訪問した際に見た日本庭園に感銘を受け、同時期にイギリスで開催されていた国際庭園展示会に出席したオーストリアの庭師達の間にジャポニズムが流行していた事から造園されたと言われています。

馬車博物館

「Wagenburg」と書かれた旗がたくさん飾られているところは馬車博物館です。

ここではハプスブルク家が使用していた馬車を中心に、数多くの馬車が展示されています。

私達日本人が描く馬車は、ロールプレイングゲームによく出てくるような幌を貼った馬車や、屋根の無い観光馬車のイメージが強くなりがちですが、ここではお葬式用の馬車や子供用の馬車といったものまで、あまりイメージできないような馬車まで幅広く展示されています。

動物園

シェーンブルン動物園(ウィーン動物園)は、西暦1752年に神聖ローマ帝国皇帝フランツ1世シュテファンによって建設されました。

西暦1779年には市民にも無料で公開され、キリンが到着した時にはウィーン市民にキリンブームを巻き起こしました。

現在も動物園として営業を続けており、ジャイアントパンダやコアラを飼育する数少ない動物園でもあります。

役立つ情報&豆知識

こちらではシェーンブルン宮殿観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

ホテル グランドスイート

実は世界遺産でもあるシェーンブルン宮殿に宿泊する事ができます。

グランドスイートルームの1室のみとなり、ホテルとしてのサービスはあまり受けられないのですが、豪華な内装と、部屋から見える庭園とグロリエッテはそれを差し引いても経験する価値があります。

庭園は夜22時頃までライトアップされていて、幻想的な空間となっています。

気になる宿泊料金ですが、1泊2名で約94,000円となっています。

※2018年4月エクスペディアにて検索

シェーンブルン・コンサート

シェーンブルン宮殿のオランジェリーでは、宮廷楽団によって毎晩コンサートが開かれていて、日替わりでウィーンを代表する大音楽家、モーツァルトとシュトラウスの楽曲と、歌や踊りを楽しむ事ができます。

チケットの料金は45ユーロからで、お手頃な値段ですので興味のある方は是非1度足をお運び下さい。

こちらのサイトでは日本語でチケットの予約が可能です。

コンサートについても詳しく記載されていますのでご参照下さい。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにシェーンブルン宮殿と庭園群に興味を持って頂けたなら幸いです。

ハプスブルク家のお膝元であったウィーン、そしてその住居、離宮だったシェーンブルン宮殿は、オーストリア文化の象徴でもあり、ヴェルサイユ宮殿、エルミタージュ宮殿と並んで、ヨーロッパの三大宮殿と呼ばれることもあるそうです。

ウィーン市内のリングシュトラーセ内部には別の世界遺産、ウィーン歴史地区もあり、また中欧最大の大都市であるウィーンはヨーロッパのブランドショップも建ち並ぶお洒落な町でもあります。

次回のご旅行先がまだ未定でしたら、是非ウィーンへのご旅行もご検討下さい!