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モラヴィアの真珠!?チェコの世界遺産〜テルチ歴史地区〜についてまとめてみた!

今回ご紹介するのは世界遺産、チェコ共和国の「テルチ歴史地区」です。

皆さんはテルチ歴史地区についてご存じでしょうか。

テルチTelč(チェコ語:[tɛltʃ] ; ドイツ語:Teltsch)は、チェコ共和国の中央南部にあるイフラヴァという町からさらに南にある町の名前です。

この町のある地域一帯をモラヴィアと言いますが、この町はボヘミア地方、モラヴィア地方、そしてオーストリアを結ぶ重要な交易ルートの交差点にありました。

「モラヴィアの真珠」とまで呼ばれた美しいテルチの町は、現在でも訪れる観光客の心を魅了して止みません。

ルネッサンス式の可愛らしい建物が立ち並ぶテルチは、沼沢に囲まれたテルチは水上の都と呼ばれていたこともあるそうです。

そんなテルチ歴史地区の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

テルチの歴史

テルチはもともとは集落ではなく、オーストリアと周辺地域を結ぶ交易路の交差点にあった沼沢を利用して、軍事拠点を建設したのが町の始まりです。

13世紀頃に最初の要塞が建設されたと見られていますが、その正確な年代はいまだに判明していません。14世紀初頭の文献や裁判記録などにはテルチの名前が記載されていないことから、町の成立は早くとも14世紀中盤から後半にかけてなのではないかと見られています。

町が作られた当時のヨーロッパは現在の姿からは想像もつかないほどの広い森に覆われていて、特にこの地方には深い森が広がっていました。

現代に生きる私たちの感覚では、川や山脈、海などが自然の国境線となっている例が多く、森によって文化圏が隔てられるというのは想像しにくいかもしれませんが、当時のヨーロッパでは、森の向こうは別の国という感覚が一般的でした。

生まれ育った町や村から一歩も外に出ないで一生を終える人も少なくなかったのです。

そのため、広大な森林の中に集落を建設することは、支配領域が広がることを意味しており、また重要な交易路を抑えることの経済効果も計り知れないものがありました。

このような事情から、テルチに要塞が築かれ、やがて集落へと発展していったのです。

交易路の交差点ではありましたが、テルチ自体は河川を持っていないことから決して便利な土地とは言えず、大規模な集落へと発展することはありませんでした。

現在でも人口はわずか6000人ほどで、特に大きな町ではありません。

この町がユネスコ世界遺産に登録された理由は、中世の街並みが完全な形で残されていることにあります。

もともとは木造の家が立ち並んでいたテルチでしたが、西暦1530年に町の大半を焼き尽くす大きな火事が発生しました。

この火事で町のほとんどの家屋は焼け落ちてしまいます。

この大火事から町を再建する際に、領主だったモラヴィア貴族によって建物は全てルネッサンス式のものとすること、という命令が出されました。

これによって町には次々とルネッサンス式の建物が建設され、古い町が一転して新しい町となります。

産業革命以降はテルチの町は重要な輸送路、交易路ではなくなり、戦略的価値が失われたことから第一次世界大戦、第二次世界大戦の両大戦でも大きな被害は出ませんでした。

この幸運によってテルチでは16世紀n建設されたルネッサンス式の街並みが残され、保存状態の良い建造物群の文化的価値を認められて世界文化遺産に認定されたのです。

代表的建造物

テルチ城

テルチ城はもともと要塞があった場所に、14世紀後半に建設されたゴシック式の城塞です。

特にこの地域では戦争も起こらなかったため、長い間拡張や増改築が行われないままになっていましたが、建設から100年以上が経過し、老朽化も進んできたことから15世紀末から16世紀にかけて防御機能が強化されました。

これによって新しい城門が作られ、城壁は高く、厚いものに生まれ変わりました。

ゴシック式だった城塞ですが、改装部分はルネッサンス式が採用されたため、複数の建築様式が混ざった城塞になったのです。

この時に城の増改築を行ったのがザハリアーシュ・フラデツです。

彼の名前は旧市街中央部にある広場にも残されています。

この城では当時この地方を治めていた貴族のコレクションが展示されています。

野生動物の剥製や、陶磁器、漆器や調度品などのコレクションですが、こちらも一見の価値があります。

城の見張り塔は上部まで登ることができ、ここからはテルチの町の全てを見渡すことができます。

残念ながらテルチ城内での写真撮影は禁止されていますので、是非みなさんの心にその景色を焼き付けてください。

ザハリアーシュ広場

さきほどもお話したザハリアーシュ・フラデツの名前を冠しているのが旧市街の中心部にあるザハリアーシュ広場です。

長方形のこの広場には大火事の後で16世紀に建設されたルネッサンス式の建物が並んでいます。

ほとんどの建物は縦に長く、3つのアーチと3つの窓があるファサードを持っています。

また大きな屋根の下には屋根裏部屋が備わっています。

お役立ち情報

こちらではテルチ歴史地区観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

テルチへのアクセス

テルチはチェコ共和国の中でも田舎に位置しており、世界遺産の町とはいえ交通の便はかなり不便となっています。

鉄道を利用して行く方法と、バスを利用して行く方法がありますが、より一般的なのはバスを利用していく方法となります。

チェコ共和国の首都プラハや、有名な世界遺産の町チェスキー・クロムルフからの直通便はないため、まずは近くのチェスキー・ブデヨヴィッツェ、またはブルノに向かいます。

この両都市間はバスが運行していて、このバスに乗ることでテルチに行くことが出来ます。

チェスキー・ブデヨヴィッツェからブルノ行きのバスに乗るのが最も一般的なルートで、こちらの所要時間は約2時間となっています。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにテルチ歴史地区に興味を持って頂けたなら幸いです。

テルチは日本からのアクセスを考えると、飛行機による長旅のあとで、さらに乗り継ぎ、または国際列車でチェコに向かい、さらに鉄道またはバスを乗り継いで行かなければならない場所にあるため、日本人で訪れたことのある方は少ないかと思います。

しかし、まるでおとぎの国を訪れたかのようなメルヘンな街並みは、みているだけで楽しく、きっと一生の思い出になることでしょう。

チェコ共和国を訪れるのでしたら、是非テルチへも足をお運びください!