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ポルトガルの世界遺産!ポルト歴史地区、ルイス1世橋およびセラ・ド・ピラール修道院とは?

 

今回ご紹介するのは世界遺産、ポルトガルの「ポルト歴史地区、ルイス1世橋およびセラ・ド・ピラール修道院」です。

※以下、文中ではポルト歴史地区と記載します。

皆さんはポルト歴史地区についてご存じでしょうか。

ポルトはポルトガルの北部海岸地帯、スペイン国境から約110キロメートルの位置にある港町です。

日本ではあまり知られていませんが、ポルトガルでは首都リスボンに次ぐ第二の大都市で、国際色豊かな事でも有名なのです。

そんなポルトガルの世界遺産、ポルト歴史地区の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

ポルトの歴史

ポルトの歴史は古代ローマ帝国の時代の港町「ポルトゥス・カレ」にさかのぼります。

文献に初めて登場するのはこのポルトゥス・カレですが、それ以前にもイベリア半島の先住民集落があった事が確認されています。

西ローマ帝国が滅んだあとは、西ゴート族やヴァンダル族に支配され、またその後は後ウマイヤ朝などのムスリム王国の領土に組み込まれました。

キリスト教国によるレコンキスタ(国土回復運動)によって12世紀頃ムスリムの王国から奪還された後のポルトはドウロ川の水運、大西洋の海運を基礎に交易拠点として発展します。

西暦1387年には、ポルトガル王ジョアン1世とイングランド王エドワード3世の孫娘フィリッパ・デ・レンカストーレの結婚式がポルトで行われました。

イングランド(イギリス)とポルトガルの同盟はこの結婚が元となり、現代まで続いています。

このジョアン1世の息子が、かの有名なエンリケ航海王子です。

エンリケ航海王子が次々と送り出したポルトガル王国の船団母港がここポルトでした。

エンリケ航海王子は大航海時代の先駆けとして、重要な役割を果たしました。

彼の送り出した船団はアフリカ大陸西海岸に到達し、後の喜望峰周りのインド航路開拓に繋がっていくのです。

また外洋艦隊の強化にも努め、ポルトガルが一大海洋国家となる基礎を整えました。

日本ではポルトの事を知る人は多くありませんが、ポートワインという名前を聞いたことのある方はいらっしゃるのではないでしょうか。

ポートワインとは、もともとはポルトから出荷されたワインの事を指しています。

ポートワインはワインを作る過程でブランデーを混ぜることによって発酵を中断させることによって作られる、甘みがあるアルコール度数の強いワインです。

ポルトガル語ではヴィーニョ・デ・ポルトといいます。

代表的建造物

クレリゴス教会

クレリゴス教会は西暦1730年代に建設されたバロック式の教会です。

「クレリゴスの塔」と呼ばれている鐘楼は、ポルトの町のランドマークタワーになっています。

この教会はバロック式の典型的な教会で、ポルトガルで初めて楕円形平面図を採用した教会でした。

クレリゴスの塔は高さ75.6メートルあり、225段の階段を上って頂上に上がることができます。

頂上からはポルトの市街が一望することが出来ますので、初めてポルトを訪れる時は是非足を運んで欲しいスポットになっています。

教会内部は大理石製の主祭壇以外にも、華やかな装飾の彫刻、絵画などで彩られていて、壮麗な雰囲気を醸し出しています。

ボルサ宮

ボルサ「宮」とは言っても宮殿として作られたわけではありません。

「ボルサ」はポルトガル語で「株」を意味していて、その名の通り長い間証券取引所として使用されていました。

現在ではポルト商工会議所本部として使用されています。

ボルサ宮内部の「紋章の間」にはポルトガル王国と親交の深かった19の国とポルトガルの紋章が施されていますが、なんとこの紋章の間からは私達が見慣れた徳川家の三葉葵紋が発見されています。

これは西暦1865年にポルトで国際博覧会が開催された時に、遠路はるばる訪れた日本の使節団を歓迎するために描かれたと言われています。

この紋章の間以外にも、有名な広間がいくつもあります。

ポルト商工会議所の月例会議が開催されている「黄金の間」や、グラナダのアルハンブラ宮殿をインスパイアした「アラブの間」など、見応えのある広間がありますので、是非こちらもご覧下さい。

ボルサ宮内部の見学は見学ツアーでのみ可能となっています。

ツアー毎にガイダンス言語が異なりますのでご注意下さい。

※残念ながら日本語のツアーはありません。

ポルト大聖堂

ポルト大聖堂は12世紀に建設されたロマネスク式の大聖堂で、ポルト市内で最も古い建物でもあります。

ポルト大聖堂は四角形の双塔と、装飾の少ないファサードを持つ重厚な印象の大聖堂で、ファサードはバロック式とロマネスク式の混交様式となっています。

建設当初はロマネスク式の建物でしたが、後世の改築、改修時にはバロック様式が採り入れられたのです。

西暦1387年の、ポルトガル王ジョアン1世とイングランド王女フィリッパ・デ・レンカストーレの結婚式が挙げられたのもこのポルト大聖堂です。

西暦1801年のオレンジ戦争時にはスペイン軍によってポルト大聖堂が占領されましたが、ポルト市民の義勇兵によって取り戻されました。

大聖堂祭壇後方には、この時の戦いで命を落とした市民の名前が刻まれたネームプレートが残されています。

セラ・ド・ピラール修道院

セラ・ド・ピラール修道院はドン・ルイス1世橋を渡った小高い丘の上にある16世紀に建設された修道院です。

この修道院は円形の外観を持つ事でよく知られています。

19世紀、20世紀には軍事拠点としても利用され、兵舎が置かれていた事もありました。

セラ・ド・ピラール修道院は現在も活動をしている施設の為、公開されているのは一部のみとなっています。

ドン・ルイス1世橋

旧市街と新市街を結ぶドン・ルイス1世橋は西暦1881年から建設を開始し、西暦1886年に完成しました。

幅8メートル、高さ45メートルのこの橋は、上層が鉄道用、下層が自動車用となっています。

橋の名前は建設当時のポルトガル王、ルイス1世から名付けられました。

美しいアーチが特徴的なこの橋は、クレリゴスの塔と並ぶポルトのシンボルとなっています。

役立つ情報&豆知識

こちらではポルト歴史地区観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

メロンクリームスープ

ポルト名物の1つに日本ではまずお目にかかれない不思議なスープがあります。

その名もメロンクリームスープ。

メロンを使ったこのスープは、非常にクリーミーで甘い冷製スープです。

観光客の中にはこのスープをわざわざ飲みにやってくる人もいるのだとか。

メロンクリームスープは下記のお店で提供されています。

マジェスティック・カフェ (Majestic Cafe)

Rua Santa Catarina 112, Porto

地下鉄ボリャオン駅から徒歩3分です。

レロ・イ・イルマオン

ハリーポッターシリーズが好きな方ならここは是非訪れて欲しいスポットです。

クレリゴス教会の北側にあるこの書店は、「世界で最も美しい書店」として知られています。

ハリーポッターの世界観のモデルとなったと言われているこの書店は、外観は落ち着いた雰囲気ですが、店内に足を踏み入れると、まるで魔法世界が広がったかのような感覚に陥る事でしょう。

ハリーポッターの作者、J・K・ローリングさんは若い頃、ここポルトに2年間住んでいたそうです。

もしかしたら、この書店がなかったらハリーポッターも生まれていなかったかもしれませんね。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにポルト歴史地区に興味を持って頂けたなら幸いです。

日本から見て、ユーラシア大陸の果てにあたるポルトガルは、正直我々日本人には印象が薄い国かもしれません。

リスボンなら知っているけど、他の町は知らないなぁ、というのが一般的な日本人のポルトガルに対する反応でしょう。

しかし、一時期はスペインと並び世界最強の国であったポルトガルには今回ご紹介したポルト以外にもたくさんの魅力的な観光スポットがあります。

また、大西洋の海の幸をふんだんに使うポルトガル料理は、他のヨーロッパの国とは異なる味で訪れる観光客の舌を楽しませてくれます。

ヨーロッパへのご旅行をお考えでしたら、是非ポルトガルも渡航先としてご検討下さい!