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ポルトガルの世界遺産!コインブラ大学-アルタとソフィアとは?

今回ご紹介するのは世界遺産、ポルトガルの「コインブラ大学-アルタとソフィア」です。

皆さんはコインブラ大学についてご存じでしょうか。

コインブラ大学は、ポルトガルの古都、コインブラにある13世紀に創立された大学で、アルタ地区とソフィア地区に施設を持っています。

かつて海上帝国だった時には海外植民地にある多数の大学に学術的な影響を与えたことが評価されて世界遺産に認定されました。

そんなコインブラ大学について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

コインブラ大学について

ポルトガル共和国中部のコインブラ市にある大学です。

この町は首都がリスボンに遷されるまでポルトガルの首都として繁栄していた町で、コインブラ大学はポルトガルでは最も古く、長い歴史を持っています。

大学施設はアルタ地区とソフィア地区の2地区に集中しているため、世界遺産の登録名も、大学名に加えてこの2地区の名前が含まれています。

この大学が創立されたのは西暦1290年で、当時のポルトガル国王ディニス1世の命令によって創立されました。

創立当初はリスボンにあったこの大学は、創立から約20年後の西暦1308年にコインブラに移転し、その後も両都市の間を行ったり来たりしましたが、西暦1537年にコインブラに移ってからはそのまま落ち着き、町の代名詞となりました。

当時、大航海時代を迎えてポルトガルの国力が増すにつれて大学も発展し、本国や海外植民地だけでなく世界中の研究機関、教育機関に大きな影響を及ぼしました。

モンデゴ川沿いの小高い丘の上の建物は、アルカソバ宮殿といいます。

もともと王宮として使われていたこの建物は、やがて大学講堂として使われるようになり、現在では旧大学と呼ばれています。

長い歴史を持つ大学は18世紀以降、化学研究所や植物園などの付属施設も増えていき、第二次世界大戦前には「学術都市」としての地位を確立しました。

21世紀に入った現在でも、中世からの建物が数多く残されているキャンパスからは歴史と風格を感じさせられます。

コインブラ大学はポルトガル王国、共和国を担うエリートを養成するための学校だったため、数多くの知識層やエリートを生み出し、国政にも大きな影響を与えました。

また、ポルトガル国内の大学としては、西暦1290年の創立から西暦1559年までの間と、西暦1759年から西暦1911年までの間の、合計420年間の間は唯一の大学であったことも他の数多くの大学に影響を与えた理由の1つです。

ポルトガルには西暦1559年に創立したエボラ大学という古い大学があったのですが、この大学は事情によって西暦1759年に閉鎖されてしまったので、この大学が閉鎖されてからポルト大学、リスボン大学が創立するまでの約150年間、近代国家の建設に非常に重要な時期にコインブラ大学はポルトガル国内で唯一の大学だったのです。

このように紆余曲折を経ながらも数多くのエリートを輩出し続けてきたコインブラ大学は、現在でも国内外から多くの大学生が集まる名門校となっています。

代表的建造物

こちらでは、古くから大学の関連施設が多く建てられていたアルタ地区とソフィア地区に残っている代表的建造物についてご紹介していきます。

アルタ地区

アルタ地区はリスボンからの大学移転当初の建物や、観光スポットとなる歴史的な建物が数多くある地区です。

・鉄の門

西暦1630年ごろに建設された鉄の門は、建設当初に大学にあった学部を指し示す彫り物が施されています。

この門は別名を「無情の門」ともいいます。

ルネッサンス式とマニュエル式の混交様式で作られたこの門の内側には、先ほどお話したラテン回廊があり、次にご紹介する「帽子の間」へとつながっています。

・帽子の間

この広間はもともとアルカソバ宮殿が王宮だった時代に大広間として使われていた部屋で、大学校舎となったあとは大学総長の就任式や、在学生への学位授与式、その他の多くの大学関連の式典に使われていました。

・サン・ミゲル礼拝堂

この礼拝堂は17世紀当時の美しい装飾や、当時流行していた建築様式などをそのまま伝えており、その文化的な価値は広くしられています。

ソフィア地区

ソフィア地区も大学関連施設が数多くある一帯です。

古くからの高級住宅街であるアルタ地区とは違い、こちらは庶民が住んでいたいわば下町にあたる地域です。

サンタ・クルース修道院

この建物は西暦1131年に建設された修道院です。

聖アウグスチノ修道会に寄贈されたことで教皇庁から特権を付与され、政治的にも宗教、文化的にも重要な地位を得て、ポルトガルの国政上、重要な役割を果たしてきました。

修道院内はマヌエル様式の回廊(Claustro)、聖器室(Sacristia)、参事会室(Capituro)などが見学できる。
開館は平日が9:00~17:00、土曜が9:00~12:00・14:00~17:30、日・祝日が16:00~17:30。
入場料は教会が無料で、修道院は€2.50。

公式サイトはこちら

この修道院の敷地内には、ポルトガル王国の初代国王、アフォンソ=エンリケスのお墓も残されています。

アフォンソ=エンリケスの墓

アフォンソ=エンリケス(エンリケの子アフォンソ)はポルトガル王国の初代国王です。

もともとはカステイーリャ=イ=レオン連合王国に使えていましたが、王国の内紛に乗じて国政を掌握し、ローマ法王の認可を得てポルトガル王国を建国しました。

ポルトガル国王としてはアフォンソ1世といい、フランスのブルゴーニュ家出身だったため「ボルゴーニャ王朝」と呼ばれることもあります。

アフォンソ1世は死後サンタ・クルース修道院に葬られることを自ら望んでいたため、ここに埋葬されました。

お役立ち情報

こちらではコインブラ観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

コインブラの名物料理

ポルトガルは海も山もあり、食材が豊富な国でもありますが、コインブラの名物料理はシャンファナです。

シャンファナはヤギや羊の肉をポルトガル産のワインで煮込んだ料理で、ジャガイモと合わせていただきます。

レストランによっては毎日提供していないお店もありますので、お目当ての場合には、席に着く前にシャンファナがあるかどうかを確認するとよいと思います。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにコインブラ大学に興味を持って頂けたなら幸いです。

コインブラという名前を聞いて、ポルトガルの町とわかる日本人はほとんどいないと思います。

レコンキスタとともにその国土を南へと広げていったポルトガルの、初期の王朝がおかれていたのがこのコインブラです。

その後、より南のリスボンに首都の座は譲ってしまいましたが、コインブラ大学は創立から700年以上の歴史を誇る名門校としてポルトガルだけでなくヨーロッパでも広くその名前を知られています。

ポルトガルへのご旅行をお考えでしたら、ぜひコインブラ語訪問もご検討ください!