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ポルトガルの世界遺産!ギマランイス歴史地区の見どころ特集!

 

今回ご紹介するのは世界遺産、「ギマランイス歴史地区」です。

皆さんはギマランイス歴史地区についてご存じでしょうか。

ギマランイスはポルトガル王国の初代国王、アフォンソ1世エンリケスがギマランイスで生まれていることから、ポルトガル王国発祥の地とも言われています。

そんなギマランイス歴史地区の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

ギマランイスの歴史

ギマランイスというちょっと変わった名前は、西暦868年に最初のポルトゥカーレ伯爵となったヴィマラ・ペレス伯爵に由来しています。

ポルトガル王国が成立するのは12世紀のことですが、ポルトガルの歴史学者の方の中には西暦868年にアストゥリアス王国のアルフォンソ3世によってポルトゥカーレ伯爵に叙勲されたことを以て、ポルトガルの歴史が始まったという方もいらっしゃいます。

その後、西暦1095年にブルゴーニュ家出身のアンリ・ド・ブルゴーニュがカスティーリャ=レオン王国国王アルフォンソ6世の王女テレサと結婚したことによってポルトゥカーレ伯爵に叙勲されます。

このアンリ・ド・ブルゴーニュとテレサの間に生まれる子供がポルトガル王国の初代国王となるアフォンソ1世エンリケスです。

アフォンソ1世エンリケスが生まれたギマランイス城は世界遺産の構成資産にもなっています。

西暦1109年の6月25日に生まれたアフォンソ・エンリケスは、西暦1128.年、19歳という若さで主君であり、親戚でもあるカスティーリャ=レオン王国の国王アルフォンソ7世に対して戦いを挑み、一戦して勝利するとポルトゥカーレ公爵を名乗り独立しました。

その後オーリッケの戦いでイスラム教勢力のムラービト朝にも勝利し、西暦1139年にはポルトガル王国国王アフォンソ1世を名乗るようになります。

西暦1143年にはローマ教皇に仲介される形で、レオン=カスティーリャ王国のアルフォンソ7世もアフォンソ1世エンリケスのポルトガル王位を承認したため、晴れてポルトガル王国が成立しました。

このポルトガル王位を承認した条約はサモラ条約と言います。

ポルトガル王位は認められましたが、この時にはまだポルトガル王国はレオン=カスティーリャ王国の宗主下にあるとされていました。

この時代はイベリア半島南部にはイスラム教勢力であるムラービト朝があり、それに対抗するためにはレオン=カスティーリャ王国と完全に袂を分かつのは難しかったのです。

その後西暦1147年にはポルトガル王国軍がリスボンを解放します。

西暦1249年には、ポルトガルの最後のイスラム教勢力の拠点となっていたシルヴェスとファロを解放し、ポルトガルにおけるレコンキスタ(国土回復運動)は完了しました。

スペインにおけるレコンキスタが完了するのは1492年のことですので、約250年も早くレコンキスタが完了したことになります。

ポルトガル王国の中心地は、ギマランイスからコインブラ、コインブラからリスボンと移っていきましたが、初代国王を輩出し、ポルトガル王国のルーツとなったギマランイスには、王国が成長するにつれて規模の大きい建物が建てられるようになりました。

近代以降も旧市街中心部は中世の古い街並みが残っていて、現在でも人が住んでいる建物も数多くあります。

ギマランイスは最近のポルトガル国内のアンケートで、住みやすい街の2位に選ばれるなど、現代のポルトガル人にとっても魅力がある町として有名です。

代表的建造物

ギマランイス城

3代目のポルトゥカーレ伯爵、ヘルメネギルド・ゴンザレスの妻ムマドナ・ディアスが伯爵の死後に建立した修道院がギマランイス城の起源となっています。

西暦950年から西暦951年にかけて建設された修道院は外敵の攻撃から町を護るために、西暦959年頃に軍事要塞であるギマランイス城に建て替えられました。

初代国王アフォンソ1世エンリケスが生まれたのもこの城です。

サン・ミゲル教会

ギマランイス城下にあるロマネスク式の教会です。

初代ポルトガル王のアフォンソ1世エンリケスはこの教会で洗礼を受けました。

もともとは12世紀に建設された教会ですが、長い年月で壊れてしまい、20世紀になってから再建されました。

ノッサ・セニョーラ・ダ・オリヴェイラ教会

14世紀から15世紀にかけて建設された教会です。

聖堂前のアーチを含む初期に建設された部分はロマネスク式で作られており、外観は後年になってからゴシック式に改装されたため、2つの様式が混ざった混交様式となっています。

アルベルト・サンパイオ美術館

アルベルト・サンパイオ美術館はノッサ・セニョーラ・ダ・オリヴェイラ教会付属の修道院を改装した美術館です。

ロマネスク式の回廊を利用して作品が展示されています。

ブラガンサ公爵館

ポルトガル王国アヴィス朝創始者のジョアン1世の息子、初代ブラガンサ公爵ドン・アフォンソによって建設された宮殿がブラガンサ公爵邸です。

ジョアン1世はポルトガルの最盛期を築き上げた国王で、大王とも呼ばれています。

ブラガンサ公爵ドン・アフォンソの兄弟には、大航海時代初期に活躍したエンリケ航海王子がいます。

ブラガンさ公爵邸はフランス文化の影響を色濃くうけた建物で、外観はフランス=ゴシック式となっています。

ポザーダ・デ・サンタ・マリーニャ

サンタ・マリーニャ・ダ・コスタ修道院を利用したポサーダです。

ポサーダというのは歴史的建造物を利用した国営のホテルの事で、古城や修道院に宿泊できるため非常に人気があります。

スペインではパラドールといいます。

お役立ち情報

こちらではギマランイス歴史地区観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

伝統的家屋

ギマランイスには古い建物も多いのですが、伝統的家屋は1階が石造りで上層階が木造となっている建物です。

旧市街に近い場所では比較的多くみられるこの伝統的家屋は、総石造りの建物と比べると建設期間が短くなるためこのような建物が作られたのだそうです。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにギマランイス歴史地区に興味を持って頂けたなら幸いです。

建国当初はギマランイスが本拠地だったポルトガルですが、レコンキスタの拡大に伴って都もどんどん南へ南へと移っていったため、私たち日本人はポルトガルの中心地は南部のリスボンのある南部の方が強いイメージがあります。

しかし、ポルトガル人にとっては建国のルーツであるギマランイスはやはり特別な場所のようで、訪れる観光客も他の場所と比較するとポルトガルの方が多くなっています。

私たち日本人にとっての京都と同じ存在なのでしょうか。

ギマランイスへのアクセスは北部の町、ポルトから電車で1時間半ほどです。

ポルトガルへお越しの際には、発祥の地ギマランイスへも是非足をお運びください!