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フランスの世界遺産!歴史的城塞都市カルカッソンヌ特集!

 

今回ご紹介するのは世界遺産、「歴史的城塞都市カルカッソンヌ」です。

皆さんは歴史的城塞都市カルカッソンヌについてご存じでしょうか。

カルカッソンヌはカルカソンヌと表記される事もある、フランス南西部、ラングドック地方の町の名前です。

この町の名前の由来は、初代の神聖ローマ皇帝ともなったフランク王国のカール大帝による攻撃を退けた町の領主カルカスが、勝利の鐘を鳴らしたという故事に由来しています。

町の攻略に失敗して拠点に引き上げるカール大帝の軍中で、誰かが「カルカスが鐘を鳴らしている」(Carcas sonne ; カルカ・ソンヌ)と記したという伝説が伝わっています。

そんな歴史的城塞都市カルカッソンヌの魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

カルカッソンヌの歴史

地中海からも近いカルカッソンヌには早くからガリア人が進出していました。

また地中海から大西洋へと抜ける交通の要衝でもあったため、古代ローマ帝国も早くから目を付け、ガリアを征服するとこの町の支配に力を注ぎました。

ガリア人と古代ローマ人によって支配されていた時代をガロ=ローマン時代と言いますが、この時代に作られた城壁はオード川と周囲の渓谷がよく見えるよう、辺りを見渡すことの出来る岩場に作られました。

現在でもその一部は残っていて、カルカッソンヌの城壁西側には当時建設された塔も残っています。

西ローマ帝国の統治下にあったカルカッソンヌでしたが、ゲルマン民族の大移動によって西ローマ帝国が滅亡する前の精霊453年には西ゴート王国の領土となります。

その後西暦508年にはメロヴィング朝フランク王国のクローヴィス1世によってカルカッソンヌが攻略されました。

西暦725年から西暦729年までの間は、イスラム教勢力によって占領されますが、ピピン3世の手によって奪還されました。

先程お話ししたカルカッソンンの名前の由来についてのエピソードはこの頃のお話しです。

中世初期のカルカッソンヌはトランカヴェル子爵家によって統治されていました。

トランカヴェル子爵家はトゥールーズ伯爵家に臣従する地方貴族でしたが、ラングドック地方の封建関係は主君と臣下の結びつきが弱く、トランカヴェル子爵家も半ば独立した公国のような状態でした。

この時代にはカトリック教会からは異端とされていたカタリ派の勢力がカルカッソンヌに根付いた時期でもありました。

アルビ派(アルビジョワ派)とも呼ばれるカタリ派は、アルビやトゥールーズ、そしてカルカッソンヌなどラングドック地方に数多くの信者がいたのです。

西暦1096年にはトランカヴェル子爵によってサン=ナゼール大聖堂の建設が開始されます。

この大聖堂の建築材は、ローマ教皇ウルバヌス2世によって聖別を受けたものでした。

西暦1130年には古いガロ=ローマン時代の城壁の修復が行われ、カルカッソンヌは周囲を城壁に完全に囲まれた城塞都市になりました。

12世紀の終わりから13世紀にかけて、南フランスの諸侯はカペー朝フランス王国からたびたび攻撃されました。

この時代の南フランスの諸侯は、フランス王、イングランド王、神聖ローマ皇帝など複数の君主を持つ事も多く、また状況に応じて主君を変える場合もありました。

西暦1209年、南フランスでのカタリ派拡大を嫌ったローマ教皇イノケンティウス3世によって提唱されたアルビジョワ十字軍がカルカッソンヌを攻撃しました。

トランカヴェル子爵はアルビジョワ十字軍の前にすぐに降伏しましたが、城に幽閉されている間に病気で亡くなってしまいました。

西暦1226年にカルカッソンヌはフランス王室領となりましたが、この時代にはカタリ派追放と関連して異端裁判や密告が激増し、カルカッソンヌの市民にとっては悲惨な時代となりました。

13世紀のフランス国王ルイ9世はカルカッソンヌに第二の城塞を建設するように命じました。

この時代のカルカッソンヌはスペインのアラゴン王国とフランス王国との国境線に位置する重要な町だったのです。

第二城塞が建設された事でカルカッソンヌの防衛力は飛躍的に高まり、その後の百年戦争においても城壁が突破されることはありませんでした。

西暦1659年に、フランス王国とスペイン王国の国境を定めたピレネー条約が結ばれ、カルカッソンヌの軍事上の重要度は低下しました。

これ意向、カルカッソンヌに戦火が及ぶ事は無く、武器や食料の倉庫として使用されました。

代表的建造物

塔と城壁

カルカッソンヌの旧市街は全長3キロメートルにも及ぶ二重の城壁で取り囲まれています。

この城壁は50を越える迎撃塔も備えていて、この塔によって城壁の防御力が強化されています。

サン・ナゼール聖堂

11世紀から13世紀にかけて建設されたサン・ナゼール聖堂は、ロマネスク式とゴシック式の混交様式の聖堂です。

聖堂内部にある12世紀から14世紀にかけてつくられたステンドグラスは、南フランスにあるステンドグラスの中で最も美しいステンドグラスとも言われています。

コンタル城

コンタル城は11世紀から13世紀にかけて建設された城塞です。

この城塞の名前は伯爵の城という意味なのですが、その由来ははっきりとはしていません。

現在では石彫美術館として利用されているコンタル城の城壁の上からは、シテと呼ばれるカルカッソンヌの旧市街を一望することも出来るため、カルカッソンヌ観光では外すことのできないスポットとなっています。

お役立ち情報

こちらでは歴史的城塞都市カルカッソンヌ観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

カスレ

カルカッソンヌの名物料理はカスレという名前の煮物です。

ソーセージとアヒル肉やガチョウ肉を白インゲンとともに、トマト、ニンニク、ローリエを加えて煮込んだ料理です。

トゥールーズでも同様の料理がありますが、カスレの本場はここカルカッソンヌです。

カスレは庶民の料理ですので、非常にリーズナブルな価格となっています。

カルカッソンヌを訪れるのでしたら必ず召し上がって頂きたい一品です。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけに歴史的城塞都市カルカッソンヌに興味を持って頂けたなら幸いです。

皆さんはフランスの世界遺産と聞いて、どこを思い浮かべるのでしょうか。

実はこのカルカッソンヌはフランス国内では、モン=サン=ミシェルに次ぐ人気の観光地となっています。

日本からフランスへ旅行に行く方のお話を伺うと、やはりパリを中心としたフランス北部を訪れる方が多く、カルカッソンヌに行くという方はほとんど見受けられません。

欧米では人気の観光地なのですが、日本での知名度はまだまだ低いのが現状です。

これから日本でも知名度が上がっていって欲しいと思います。

フランスへのご旅行をご検討でしたら、是非カルカッソンヌへの日程もご検討下さい!