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パレスチナの世界遺産!イエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路とは?

 

今回ご紹介するのは世界遺産、「イエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路」です。

皆さんはイエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路についてご存じでしょうか。

イエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路は中東のパレスチナ自治区で初めて認められたユネスコの世界遺産です。

実はベツレヘムはイスラエルとパレスチナの間で領有権を巡って争いになっている土地で、この世界遺産の申請時にもイスラエルから反対がありました。

そんなイエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

イエス生誕

イエス・キリストの生誕については新約聖書の内の「マタイによる福音書」と「ルカによる福音書」で記載されています。

それらによると、イエス・キリストはユダヤの町ベツレヘムで聖母マリアから生まれたとされています。

また聖母マリアは処女のままイエス・キリストを懐胎したとも記載されています。

イエス・キリストの父ヨセフと母マリアがベツレヘムにいた理由は「ルカによる福音書」に記載されていて、それによると住民登録のために二人は先祖の町ベツレヘムに来ていたそうです。

ところがベツレヘムの町の宿が混雑していたために部屋を取ることができず、生まれたばかりのイエス・キリストを馬の飼い葉用の桶に寝かせました。

その時に天使が表れて救世主の降臨を知らせたために、東方の三博士が導かれ、赤ん坊のイエス・キリストのもとを訪れます。

この時にイエス・キリストがいた建物なのですが、西方のカトリック教会とプロテスタントでは家畜小屋、東方正教会やアルメニア教会では洞窟で生まれたとされています。

イエス・キリストを訪れた東方の三博士は救世主の生誕を拝み、それぞれ乳香、没薬、黄金を贈り物として捧げました。

この頃、ローマ帝国の地方官としてパレスチナ地方を治めていたユダヤ族のヘロデ大王はユダヤ民族をまとめ上げる新王の誕生を恐れて、赤ん坊狩りを行っていたと伝わっています。

代表的建築物

生誕教会

イエス・キリスト生誕の洞窟と、その上に建てられている教会を生誕教会といいます。

この教会は、ローマ=カトリック教会、東方正教会とアルメニア教会がそれぞれの区分を所有している共有の教会です。

同じ場所でも床と天井で別々の会派が管理している状態だったりするため、ちょっとしたことからでもすぐに喧嘩が始まってしまうことで有名です。

もともとはキリスト教を公認した古代ローマ帝国皇帝コンスタンティヌス1世の時代に、イエス・キリスト生誕の洞窟の上に聖堂の建設が行われ、西暦339年に完成しました。

その後サマリア人の反乱によって聖堂が焼け落ち、東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌス1世によってパレスチナで最も美しい聖堂を建設するように命じられ、コンスタンティヌス帝のものよりも大規模な聖堂が再建されました。

パレスチナは西暦614年にはササン朝ペルシャの攻撃を受けます。

生誕教会もイスラム教勢力の支配下に入りましたが、イスラム教徒は教会を破壊しませんでした。

11世紀にはローマ教皇が提唱した十字軍の手によってパレスチナ一帯がキリスト教徒の勢力圏になります。

この頃には教会全体を城壁で囲み、城塞のような防御力を持たせる改装工事が行われました。

西暦1187年にはアイユーブ朝のサラーフ・アッディーンによってパレスチナが攻略され、生誕教会もギリシャ正教会の管理下に入りました。

しかしギリシャ正教会の管理下では修復や保全措置が行われなかったため、生誕教会も老朽化が進み、崩落する箇所も出てきます。

修繕が行われるようになったのはオスマントルコ帝国統治下の16世紀になってからのことでした。

この時に、それまでは大きかった生誕教会への入り口を、高さ120センチメートルほどの小さな入口に変えました。

これは教会内部に馬を引き入れる必要がなくなったためと言われています。

この小さな入口は「謙虚な門」と呼ばれています。

祭壇地下にはイエス・キリスト生誕の地とされている洞窟があります。

イエス・キリストが生まれた場所には14の頂点を持つ銀製の星型が埋め込まれています。

この星の14の頂点は、アブラハムからイエス・キリストまでの14世代を表しているそうです。

イエス・キリスト生誕の場所にはラテン語で「この場所でイエス・キリストは聖母マリアから生まれた」と書かれています。

聖カタリナ教会

生誕教会の隣にある教会は、ローマ=カトリック教会のフランシスコ修道会によって建設された聖カタリナ教会です。

西暦1882年に建設されたこの教会では、毎年12月24日の真夜中にはイエス・キリスト生誕を祝う、クリスマスイブのミッドナイトミサが開かれます。

このミサは非常に人気が高く、地元の家庭でも家族全員が参加するのは無理だと言われています。

外国人観光客が参加するのは非常に難しいミサですが、一生の記念になると思います。

現在の建物は西暦1947年に改装された建物で、中庭にある聖ヒエロニムス像と聖ゲオルギウス像が有名です。

お役立ち情報

こちらではイエス生誕の地:ベツレヘム観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

ベツレヘムについて

ベツレヘムはイスラエルのパレスチナ自治区にあります。

パレスチナ自治区というと日本人のイメージは非常に悪く、テロや犯罪が多いと思っている方が多いのですがベツレヘムは外務省発表の危険情報レベルもレベル1で、比較的安全な地域とされています。

もちろん、安全といっても日本に比べれば遥かに危険なのですが、イエス・キリスト生誕の聖地ということもあり、ベツレヘムは世界中から数多くの観光客が訪れる観光スポットとなっています。

イスラエルの首都エルサレムからベツレヘムまではバスで移動します。

「ダマスカス門」前のバス停から出るバスに乗れば、観光客の場合、行きはノーチェックでパレスチナ自治区を訪れることができます。

帰りの検問でも簡単なチェックで出ることができますが、国籍や見た目によって違うという噂もあります。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにイエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路に興味を持って頂けたなら幸いです。

パレスチナ自治区と聞くと、やはりどうしても自爆テロのイメージがぬぐいきれないという声をよく聞きます。

確かに平和な日本と比較すると武力闘争や自爆テロは非常に多いと言えるかもしれません。

パレスチナ自治区の中でもガザ地区は現在でも安全とは言えない状況が続いています。

しかし、ベツレヘムはイエス・キリストが誕生した聖地ということもあり、観光地化が進んでいて、そこまで危ない雰囲気もありません。

このベツレヘムにより多くの観光客が訪れることで、パレスチナの平和が一日でも早く訪れる可能性もあります。

もし、イエス・キリスト生誕の地に興味がおありでしたら、是非ベツレヘムへのご訪問をご検討下さい!