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ナポレオン1世が愛した宮殿!フランスの世界遺産フォンテーヌブローの宮殿と庭園とは?

今回ご紹介するのは世界遺産、「フォンテーヌブローの宮殿と庭園」です。

皆さんはフォンテーヌブローの宮殿と庭園についてご存じでしょうか。

フォンテーヌブロー宮殿はフランスのセーヌ=エ=マルヌ県にあるフランスで最も大きな宮殿です。

一般的にはフォンテーヌブロー「宮殿」ですが、フォンテーヌブロー「城」と呼ばれる場合もあり、また「フォンテンブロー宮殿」と表記される場合もあります。

パリからも近いフォンテーヌブロー宮殿は歴代のフランス国王によって増改築が施され、現在の姿になりました。

かのフランス皇帝ナポレオン1世が愛したことでもよく知られている宮殿です。

そんなフォンテーヌブローの宮殿と庭園の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

フォンテーヌブローの宮殿と庭園の歴史

フォンテーヌブロー宮殿は、もともとフランス国王が狩猟を行っていたフォンテーヌブローの森を中心に築かれた狩猟用の城館でした。

12世紀の後半には既にフランス国王の領地となっていることが文献から判明しています。

歴代のフランス国王の中でもフィリップ2世やルイ9世、フランソワ1世はこのフォンテーヌブロー宮殿を気に入っていたため、自らの嗜好に合わせて増改築を行いました。

現在の宮殿のほとんどはフランソワ1世の時代に作られていて、ルネッサンスが生んだ天才、レオナルド・ダ・ヴィンチが招かれたこともあります。

フォンテーヌブロー宮殿は長いあいだフランス王家のお客様をもてなすための宮殿でもあったのです。

16世紀の前半にはフランソワ1世によって多くのフレスコ画が飾られ、フランスの歴史上最初の大きなギャラリーとなりました。

ルネッサンスがイタリアからフランスに入ってきたとき、その最初の舞台となったのもこのフォンテーヌブロー宮殿です。

多くの画家、彫刻家が招かれ、宮殿は美しい絵画や彫刻で彩られました。

ルネッサンス期の画家、ベンヴェヌート・チェッリーニの作品、「フォンテーヌブローのニンフ」は、もともとこのフォンテーヌブロー宮殿に飾るために描かれました。

現在この作品はパリのルーヴル美術館で展示されています。

アンリ2世と王妃カトリーヌ・ド・メディシスもフォンテーヌブロー宮殿を愛し、大規模な改装を行いました。

フォンテーヌブロー宮殿の歴史上、大規模な改装を行った君主は3人います。

一人目はフランソワ1世、二人目はアンリ2世、そして最後の一人がナポレオン1世です。

その名残で、宮殿をじっくり見てみるといろんな場所で3人の王のイニシャルである「F」、「H」、「N」という文字を見つけることができます。

フランス国王の宮殿というと、私たちはヴェルサイユ宮殿をイメージしてしまいますが、ヴェルサイユ宮殿はルイ14世が作った宮殿で、かなり新しい建物なのです。

ルイ14世以前の多くのフランス国王たちはフォンテーヌブロー宮殿で生まれました。

フィリップ4世は生まれも育ちもフォンテーヌブロー宮殿で、死ぬ時もこの宮殿で死にました。

西暦1685年にルイ14世によって歴史上有名な「フォンテーヌブローの勅令」が出されたのもこのフォンテーヌブロー宮殿です。

フォンテーヌブローの勅令は世界史の教科書にも載っていますので、聞いたことのある方もいらっしゃるかもしれませんね。

フランス革命の時期には民衆が宮殿に押し入り、略奪が行われたためフォンテーヌブロー宮殿も荒れ果ててしまいました。

革命後、皇帝となったナポレオンはブルボン王朝の残した宮殿を、自らの権威付けに利用しようとします。

かずある宮殿の中でもフォンテーヌブロー宮殿を気に入ったナポレオンは自分のライフスタイルに合うように宮殿を大改装しました。

現在私たちが見学できる宮殿はこの時に改装された宮殿になります。

その後ナポレオン1世は最終的にワーテルローの戦いに敗れ、ナポレオン1世は短い期間で去りましたが、後にフランス第二帝政を行ったナポレオン3世もフォンテーヌブロー宮殿を居城としました。

フォンテーヌブローの宮殿について

フォンテーヌブロー宮殿は中庭を中心に、周囲を囲むように広がっています。

宮殿の外観や内装はルネッサンス後期の美術様式が取り入れられていて、この様式はフォンテーヌブロー様式と呼ばれています。

フォンテーヌブロー宮殿の内部についてお話ししようと思います。

フォンテーヌブロー宮殿はヨーロッパで映画を極めたフランス王国の宮殿にふさわしく、数多くの部屋やその部屋をつなぐ回廊が備えられています。

フランソワ1世の回廊

フランソワ1世の回廊は、王族のプライベートゾーンと礼拝堂を結ぶ回廊です。

フランソワ1世によって作られたこの回廊は美しいフレスコ画で飾られています。

絵皿の回廊

絵皿の回廊と壁面に食器が埋め込まれていることでこの名前が付けられました。

この壁面に食器を埋め込むというアイディアはその後ヨーロッパ各地の宮殿で採用されています。

三位一体礼拝堂

三位一体礼拝堂はフォンテーヌブロー宮殿内部にある礼拝堂で、宮殿に住む国王夫妻は階上の座席からミサに参列していました。

舞踏会の広間

長さ30m、幅10mの広間で、歴代の王たちはここで祝宴を催しました。柱はフレスコ画の装飾で埋め尽くされており、イタリア様式の天井も豪華です。大きなガラス窓がはめこまれ、空間を明るく演出しています。

玉座の間

玉座の間はもともとフランス国王の寝室だった部屋ですが、フランス皇帝となったナポレオン1世によって玉座の間に改装されました。

皇帝の寝室

この部屋が皇帝の寝室と名付けられたのは、ナポレオン1世が寝室としたことに由来しています。

その後もフランス国王や、皇帝の寝室として、西暦1870年まで使用されていました。

お役立ち情報

こちらではフォンテーヌブローの宮殿と庭園観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

フォンテーヌブローの勅令

フォンテーヌブロー宮殿を知らない方でも、フォンテーヌブローの勅令は聞いたことがあるかと思います。

この勅令によってフランスからユグノーが大量に流出し、ドイツやスイスといった周辺国に移り住みました。

スイスではこれによって時計産業が発展するなど、歴史的事件のきっかけとなった場所でもあるのです。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにフォンテーヌブローの宮殿と庭園に興味を持って頂けたなら幸いです。

先ほどもお話しましたが、フランス国王の居城というとどうしてもヴェルサイユ宮殿を想像してしまう方が多いと思います。

しかし、実際にはフォンテーヌブロー宮殿の方がフランス国王の居城と呼ぶにふさわしく、多くの歴史的事件もフォンテーヌブロー宮殿で発生しています。

パリからも比較的近く訪れやすい位置にあり、毎年数多くの観光客が訪れているのがこのフォンテーヌブロー宮殿なのです。

そうは言っても、まずはヴェルサイユ宮殿、という方も多いとは思います。

では、2回目以降のフランス旅行でフォンテーヌブロー宮殿を訪れるのはいかがでしょうか。

ヴェルサイユ宮殿と比較してみるのも楽しいと思います。

フランスへお越しの際には是非フォンテーヌブロー宮殿へのご訪問もご検討下さい!