翻訳(Language Change)

ドイツの世界遺産!レーゲンスブルクの旧市街とシュタットアムホーフを10倍楽しむには?

 

今回ご紹介するのは世界遺産、ドイツの「レーゲンスブルクの旧市街とシュタットアムホーフ」です。

皆さんはレーゲンスブルクの旧市街とシュタットアムホーフについてご存じでしょうか。

レーゲンスブルクはドイツの南西部、バイエルン州にある町の名前で複数の河川の合流地点であることから物流と交通の重要地点として古くから栄えた町です。

主要都市から離れていたこともあり、二回の世界大戦でも戦禍を免れ、ローマ時代の遺跡や中世の建物がそのまま残されていることが評価され、ユネスコ世界遺産に登録されました。

そんなレーゲンスブルクの旧市街とシュタットアムホーフの魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

レーゲンスブルクの歴史

レーゲンスブルクはドナウ川とナープ川そしてレーゲン川が三方から合流する地点であったため、非常に早くから重要地点として、交通、物流の拠点が設けられました。

レーゲンスブルクという名前は、1世紀に建設された古代ローマ帝国軍の駐屯地、カストロレギーナに由来しています。

その後、ゲルマン民族の大移動の時代に古代ローマ帝国軍が撤退し、6世紀頃にはゲルマン系のバイエルン族が定住しました。

一般的にバイエルン大公と呼ばれるバイエルン族の王の居城が置かれたのもこのレーゲンスブルクです。

しばらくはバイエルン公国の都として繁栄していましたが、約200年後、8世紀にバイエルン族はフランク族との争いに敗れ、レーゲンスブルクもフランク王国の領土となります。

統治者がバイエルン大公からフランク国王に代わっても、交通の要衝、物流の拠点としてのレーゲンスブルクの価値は変わらず、バイエルン地方の経済の中心地として発展を続けました。

交易の中継拠点として重要な役割を担ったレーゲンスブルクには、やがてカトリックの司教座が置かれました。

近代以前、カトリックの司教座が置かれた町には近隣から数多くの巡礼者が訪れたため、レーゲンスブルクはますます栄えていきました。

西暦1245年には神聖ローマ帝国の帝国自由都市となり、自治権を獲得しました。

西暦1486年から西暦1496年までの10年間、バイエルン公によって支配された時期があったものの、その前後は神聖ローマ皇帝によって諸侯からの独立と自治が保障されていたのです。

16世紀の宗教改革では新教であるプロテスタントを受け入れ、市議会はプロテスタント派で占められました。

市議会はプロテスタント派となりましたが、カトリック司教もそのまま町に留まり、カトリック信者を指導していました。

また、レーゲンスブルクには皇帝によって特別な地位を与えられていた3つの修道院がありました。

ニーダーミュンスタ修道院、オーバーミュンスタ修道院、エメラム修道院の3つの修道院が、神聖ローマ帝国の帝国議会での投票権を持つ特別な修道院たちです。

この結果として、レーゲンスブルクは帝国自由都市としてのレーゲンスブルク市、レーゲンスブルク司教、3つの修道院という異なる5つの代表権を持つ、他では見られないユニークな町になりました。

西暦1663年以前には神聖ローマ帝国の各地で開かれていた帝国議会でしたが、この年以降はレーゲンスブルクに常設されました。

西暦1803年までは帝国自由都市として独立した都市国家だったレーゲンスブルクですが、最後の帝国宰相だったマインツ大司教カール・テオドール・フォン・ダールベルクに引き渡され、帝国自由都市としての権利は消滅しました。

マインツ大司教からレーゲンスブルク大司教となったカール・テオドール・フォン・ダールベルクはそれまで平等ではなかったカトリックとプロテスタントの双方に平等な市民権を与えたため、市民から慕われました。

西暦1806年に神聖ローマ帝国が解体された後、西暦1810年にはバイエルン王国に帰属しました。

ナポレオン戦争中のオーストリアとフランスとの戦闘では町にも一定の被害が出ましたが、その後の第一次世界大戦、第二次世界大戦では主戦場とはならず、連合軍側爆撃機の航続距離の問題もあって、ほとんど空襲が行われなかったため歴史的な建物がそのまま残りました。

このことによってレーゲンスブルクは世界遺産に認定されたのです。

代表的建造物

レーゲンスブルク大聖堂

レーゲンスブルク大聖堂は西暦1273年に建設が開始され、約600年後の西暦1869年にやっと完成しました。

この大聖堂の特徴は高さ約105メートルの2つの尖塔です。

この尖塔はもともと平らな塔だったのですが、西暦1860年代にバイエルン王国のルードヴィッヒ1世が上部に尖塔を増設したことで現在の形になりました。

平たい塔を持った大聖堂も数多くありますので、そのままでもよかったのではないかと思いますが、尖った尖塔の方がドイツのイメージに合うとおっしゃる方も多いです。

レーゲンスブルク大聖堂を上空から見ると、キリスト教の教会らしく縦に細長いラテン十字形となっています。

この大聖堂のステンドグラスは一部を除いて全てが14世紀頃に作られたオリジナルのステンドグラスです。

作られてから600年以上が経った今でも美しいステンドグラスを、当時の人々も見ていたかと思うと灌漑深いものがあります。

最近作られたものですが、レーゲンスブルク大聖堂には世界最大級のパイプオルガンがあることでもよく知られています。

このパイプオルガンの演奏席は高さ約15メートルの場所にあり、演奏するときにはエレベーターを使って演奏席まで行くそうです。

実はこの大聖堂が建てられる前にも同じ場所に古い礼拝堂があり、現在でも旧大聖堂として残っています。

普段は使用されることはありませんが、最も古い礼拝堂は8世紀以前に建設されたと伝わっています。

石橋(シュタイナーネ橋)

レーゲンスブルクの石橋はドイツで最も古い石橋と言われています。

西暦1146年に完成したこの石橋は、その後600年以上に渡ってドナウ川で唯一の橋だったそうです。

橋の全長は約310メートルで、16個の美しいアーチが特徴的です。

もともとは17個のアーチだったそうですが、天災や戦争などで破損と修復を繰り返し、現在の姿になっています。

かつてバイエルンよりも北のドイツ各地から出発した十字軍はこの橋を渡ってエルサレムを目指したと伝わっています。

レーゲンスブルク大聖堂と並び、町のシンボルとなっていますので観光には外せないスポットの1つです。

旧聖カタリナ慈善病院

橋を渡って対岸のシュタットアムホーフにあるのが旧聖カタリナ慈善病院です。

シュタットアムホーフは三十年戦争時にスウェーデン軍によって占領されたことから、堅牢な建物が多くなっているのですが、そんな中に旧聖カタリナ慈善病院はあります。

西暦1220年に設立されたこの病院は、何世紀にもわたって貧民や病人を受け入れ、多くの人々を救ってきました。

13世紀の建物が今でもそのまま残っており、併設されているビアホールは現在でも営業を行っています。

レーゲンスブルクにはこの他にもたくさんの見どころがあり、丸一日いても周りきれないほどです。

お役立ち情報

こちらではレーゲンスブルクの旧市街とシュタットアムホーフ観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

ドイツ最古のソーセージ屋

レーゲンスブルクにはドイツで最も古いソーセージ屋さんがあります。

ヒストーリッシェ・ヴルストキュッヘという、直訳すると「歴史的なソーセージ食堂」というなんともストレートな名前のこのお店は、西暦1135年に創業しました。

レーゲンスブルクの石橋の南側のたもとにあるこのお店は、もともと石橋や大聖堂を作っている労働者にソーセージを売るところから始まったのだとか。

ソーセージ2本とザワークラウトをパンに挟んだサンドイッチはお値段も手ごろですし、かつての労働者たちも同じものを食べていたのかもしれないと思うと灌漑深いものがあります。

実はヴルストキュッヘはドイツ最古というだけではなく、世界最古のソーセージ屋さんです。

レーゲンスブルクを訪れる観光客はもちろん、地元の方々など、毎日非常に多くのお客さんでにぎわっています。

混んでいる場合でもちょっと待てばすぐに席が空くことが多いので、是非ドイツの伝統的なソーセージを味わってみてください。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにレーゲンスブルクの旧市街とシュタットアムホーフに興味を持って頂けたなら幸いです。

レーゲンスブルクとシュタットアムホーフは、中世の趣を残す非常に見どころの多い町です。

ミュンヘンから1時間半で訪れることが出来ますので、日帰りで観光することも可能ですが、十分楽しむためには1泊はした方が良いと思います。

実はレーゲンスブルクにはソーセージ以外にもドイツ最古のものがいくつかあります。

ドイツ最古の帽子屋さんや、ドイツ最古のキリスト教音楽学校などですね。

レーゲンスブルクは音楽の町としてもよく知られていて、日本でも「オルフェウスの窓」という漫画でレーゲンスブルクが舞台となっていました。

この作品は宝塚歌劇団で演じられたこともありますので、知っている方もいらっしゃるかもしれません。

帽子屋さんの方も現在でも営業を続けていますので、こちらを訪れてみるのも楽しいと思います。

2階建ての帽子屋さんは「フート・ケーニッヒ」という名前で、イギリス王室やローマ教皇庁などからも注文を受けているそうですよ。

前ローマ教皇のベネディクトゥス16世もレーゲンスブルクに住んでいたこともあって、フート・ケーニッヒに帽子を発注したそうです。

レーゲンスブルクへは、距離的に近いミュンヘンやニュルンベルクと組み合わせて訪れる方が多くなっています。

また、少し離れてしまいますが音楽の町という繋がりから、ザルツブルクやプラハと組み合わせて訪れる方もいらっしゃいます。

ドイツへお越しの際には是非レーゲンスブルクへのご訪問もご検討下さい!