翻訳(Language Change)

トルコの世界遺産!千年の都イスタンブール歴史地域に迫る!

 

今回ご紹介するのは世界遺産、トルコの「イスタンブール歴史地域」です。

皆さんはイスタンブール歴史地域についてご存じでしょうか。

イスタンブールは古くはビザンティウムやコンスタンティノープルとも呼ばれた交通の要衝です。

東ローマ帝国の首都であり、オスマントルコ帝国の首都でもあったこの都市は、世界一栄えていた都市であったこともあります。

キリスト教世界の中心地からイスラム教世界の中心地へと転身を遂げた千年の都がここイスタンブールなのです。

そんなトルコの世界遺産、イスタンブール歴史地域の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

イスタンブールの歴史

ボスポラス海峡によってアジアとヨーロッパが隔てられている、この土地に最初に人類が住み着いたのは紀元前6000年頃と言われています。

はっきりと判明している限りでは、紀元前1000年頃にアナトリア半島側にはフェニキア人の交易拠点が作られていた事と、紀元前660年にヨーロッパ側にビザンティオンが建設され、アジア側にカルケドンが建設されたと言うことです。

紀元前5世紀頃には、アケメネス朝ペルシャによって占領されますが、ペルシャ戦争でギリシャ連合軍がアケメネス朝ペルシャを撃退したことによりすぐに解放されました。

デロス同盟に参加していたビザンティオンでしたが、紀元前355年にはアテナイへの従属体制を脱して独り立ちします。

西暦73年には古代ローマ帝国の領土となりました。

この頃すでにビザンティオンは黒海交易と東西交易によって富が集まる町だったと言われています。

西暦324年に古代ローマ帝国皇帝となったコンスタンティヌス1世は、6年後の西暦330年にローマ帝国の首都をビザンティオンに移すことを宣言します。

町の名前はネア・ローマと名付けられましたが、コンスタンティヌス帝にちなんだコンスタンティノープルという名称が広く使われました。

西暦330年にローマ帝国の首都となったコンスタンティノープルはキリスト教世界の中心地となりました。

現在はローマ=カトリック教会の勢力が圧倒的となっていますが、この頃のキリスト教世界ではローマ、アレクサンドリア、エルサレム、コンスタンティノープル、アンティオキアの5大本山と言われており、特にローマ教会だけが力を持っていたわけではありませんでした。

コンスタンティノープルには1000年間世界最大の大聖堂となったアヤソフィア大聖堂などの建物が作られ、長い間世界一の町として世界史上に君臨しました。

セルジュークトルコ帝国やモンゴル帝国、そして第4回十字軍による度重なる攻撃や略奪にあった東ローマ帝国でしたが、なんとか延命を続け、コンスタンティノープルも衰退しつつも人口10万人を超える大都市で有り続けました。

西暦1453年5月、船を陸路で山越えさせるという意表を突いた作戦によって混乱した東ローマ軍は、オスマントルコ帝国の大軍の前に体勢を立て直せず1000年の都コンスタンティノープルが遂にイスラム勢力の手に落ちました。

オスマントルコ皇帝メフメト2世はコンスタンティノープルをイスタンブールと改名し、帝国の首都をここに置く事を宣言したのです。

また、メフメト2世はルーム・カイセリ(ローマ皇帝)の称号も名乗り帝国領内のキリスト教徒への一定の保護も行いました。

メフメト2世は東ローマ帝国の末期に整備が行き届かなくなった水道や道路などの社会インフラの整備を進め、ユダヤ教徒、キリスト教徒の信仰を保証して人口の維持に努めると共に、アナトリアやアラブ、エジプトから多くのイスラム教徒を移住させ、帝国の首都が栄えるように図りました。

誤解している方もたまにいらっしゃいますが、この時代の宗教的寛容度としては、キリスト教よりも圧倒的にイスラム教の方が上で、伝統的にオスマントルコ帝国は異教徒にも寛容な政策を採っていました。

科学、文化、芸術、軍事、商業、全ての面でこの頃のイスラムはヨーロッパの上を行く存在だったのです。

オスマントルコ帝国はイスタンブールをキリスト教の中心地からイスラム教の中心地へと変化させていきました。

町中には数多くのモスクやマドラサ、ハマーム、病院などが建設され、イスタンブールは世界最大の都市の座を取り戻しました。

西暦1520年に即位した大帝スレイマン1世の時代にオスマントルコ帝国とイスタンブールの繁栄は頂点を迎えます。

兄弟殺しを行わず皇帝の座についたスレイマン1世は外征内政の両方を充実させ、イスタンブールにも数多くの歴史的建築物を残しました。

二度に渡るウィーン包囲ではキリスト教世界を心胆まで震え上がらせ、陸上だけでなく東地中海の制海権も抑えた結果、地中海交易も増大しました。

この最盛期を境に徐々に相対的な国力を失っていったオスマントルコ帝国は、第一次世界大戦に敗北し、領土の多くを奪われるとともに帝制を廃止して共和国となりました。

代表的建造物

トプカプ宮殿

メフメト2世の命によって西暦1478年に建設された宮殿で、1853年に皇帝居城がドルマバフチェ宮殿に写されるまで約400年間、オスマントルコ皇帝の居城でした。

旧市街の半島先端の丘にあるこの宮殿は、400年にわたって増改築が繰り返されましたが、ヨーロッパの建築と違い、中央アジア風の宮殿であるため、巨大な一塊の建物となるのではなく、比較的小さな宮殿と庭園がいくつもある作りになっています。

アヤソフィア

もともとの大聖堂は西暦360年に建設されています。

西暦1453年にコンスタンティノープルが陥落すると、キリスト教の大聖堂からイスラム教のモスクへと改装されました。

20世紀に入ってからは宗教施設としてではなく、博物館として利用されています。

外見としてはオスマントルコ帝国時代に追加された4本のミナレットと直径30メートルを越える大きなドームが特徴的です。

アト・メイダヌ

首都移転前の古代ローマ帝国の都市、ビザンティオンの競馬場跡地です。

この競馬場は3世紀に建設され、東ローマ帝国時代には皇帝が市民に「パンとサーカス」を与えるための、内政上重要な施設でした。

現在でも4世紀にエジプトから持ち込まれたオベリスクが現存しています。

スルタンアフメト・モスク

西暦1616年にスルタン、アフメト1世の命によって建設されたモスクです。

6本のミナレットを持つこのモスクは、数万枚のタイルによって青く光り輝くことから「ブルーモスク」とも呼ばれています。

スレイマニエ・モスク

オスマントルコ帝国最盛期の皇帝、スレイマン1世の命によって建設されたモスクです。

グランドバザールの北に位置するこのモスクの大ドームは高さ53メートルにもなる巨大なものであり、また商業施設と福祉施設を併設するこのモスクは、商業施設の収益で福祉施設を運用していそうです。

このモスクはオスマン建築の最高傑作とも言われていますので、お見逃し無いようにご注意下さい。

テオドシウスの城壁

5世紀に東ローマ皇帝テオドシウス2世の命によって建設されたイスタンブール旧市街を覆っている城壁です。

最盛期には二十条壁の外側に堀が巡らされていた上に、一定間隔で迎撃用の塔が建てられており、攻め寄せる外敵を寄せ付けませんでした。

現在、徐々に劣化が進行してはいますが、一部は上にのって歩く事もできます。

役立つ情報&豆知識

こちらではイスタンブール観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

グランドバザール

トルコ語ではカパルチャルシュというグランドバザールはたとえ買い物をしなかったとしても十分楽しめる場所ですが、お土産を買うとしたらここで買うのが良いでしょう。

本当に何でも揃っています。

ただし、最初に言われた値段では絶対に買わない方がいいです。

日本とは違いますので値切ったもん勝ちです。

海外旅行では、値切り交渉もまた楽しみの1つという方もいらっしゃいますので、値切り交渉をしたことがないという方はこの機会に是非チャレンジしてみてはいかがでしょうか。

このグランドバザールはメフメト2世の時代に作られ、スレイマン1世によって拡大された由緒正しいマーケットですので、もう何百年間も値切られ続けています。

店員も慣れていますので、どんどん値切って大丈夫ですよ。

B級グルメ

イスタンブールには有名なB級グルメが沢山あります。

テレビで取り上げられたこともありますので、もしかしたらご存じの方もいらっしゃるかもしれませんね。

・サバサンド

バルック・エクメーイと言う名前の鯖を挟んだサンドイッチがこちらです。

レモン汁をかけた塩鯖がレタス、トマト、たまねぎと一緒にトルコ風フランスパンに挟まれています。

さっぱりしていてわりと美味しいです。

但し、夏は避けましょう。

イスタンブールの夏は暑く、鯖は悪くなりやすいです。

エミノニュ地区ガラタ橋のたもとで販売しています。

・ウスラック・ブルゲル

濡れハンバーガーと言う意味のこのハンバーガーは、見た目はバンズが濡れているハンバーガーです。

バンズは温かいトマトソースに浸してからパティを挟んだこのハンバーガーは、思っている以上に美味しいです。

イスティクラル通りの入口付近で販売しています。

・ケバブ

ヨーロッパではどこでもよく見かけるケバブスタンドですが、ケバブはそもそもトルコが本場です。

ドイツへ行ったらソーセージを食べ、イギリスへ行ったらローストビーフを食べるのと同じように、トルコに来たならケバブを食べないと始まりません。

日本のケバブはせいぜい2種類のソースしかありませんが、トルコのケバブには数多くのソースがあります。

是非いろんな味のケバブを試してみて下さい。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにイスタンブール歴史地域に興味を持って頂けたなら幸いです。

古代ローマ帝国のコンスタンティノープル遷都から数えると、約1500年もの間、大国の首都であり続けたイスタンブールは、キリスト教とイスラム教が混ざる場所であり、アラブとスラブが混ざる場所であり、アジアとヨーロッパが混ざる場所でもあります。

トルコはイスラム教の国ではありますが、政教分離の原則を採用していますし、日本人への好感度も非常に高い国です。

イスタンブールはコンスタンティノープルと呼ばれていた時代から世界有数の大都市であり、文化、芸術の中心地でもありました。

日本ともヨーロッパとも違う、普段あまり見慣れていない芸術に触れる事のできるのが、ここイスタンブールなのです。

イスタンブールへは関西国際空港または新東京国際空港(成田空港)から直通便も出ていますので、アクセスは快適です。

次回の海外旅行先に、トルコのイスタンブールも是非ご検討下さい!