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トルコの世界遺産!トロイの古代遺跡の全貌をご紹介!

 

今回ご紹介するのは世界遺産、トルコの「トロイの古代遺跡」です。

皆さんはトロイの古代遺跡についてご存じでしょうか。

トロイの古代遺跡は現在ではトルコ国内にありますが、当時はギリシャ文明圏に属していました。

もともとこの古代遺跡は実在が怪しまれていた遺跡で、神話上の架空の都市というのが一般的な考えとなっていました。

しかし19世紀後半にドイツ人の実業家、ハインリッヒ・シュリーマンが私財を投じて3年間の調査の末、ついに発見したのがトロイの古代遺跡なのです。

そんなトロイの古代遺跡の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

神話上のトロイの古代遺跡

トロイの古代遺跡は、最初期のギリシャの叙事詩、ホメロスの「イーリアス」に描かれています。

長い間このトロイア戦争の話は、ホメロスの創作、または神話と考えられていて実際に遺跡が存在するとは思われていませんでした。

トロイの古代遺跡を楽しむためには予備知識が必要ですので、まずは神話からご紹介します。

トロイアのはじまり

もともとトロイアのあった土地はテウクロスという王様が治めている土地で、テウクロイと呼ばれていました。

そのテウクロイにティターン神族のアトラスの娘、プレアデスの一人でもあるエレクトラに主神ゼウスが産ませた子供のダルダノスがやってきました。

ダルダノスはテウクロス王に気に入られ、テウクロス王の娘バティエイア王女と結婚し、領地の一部を譲られます。

領地に自分と同じ名前のダルダノスという名前の町を建設し、テウクロス王の死後にはダルダノス一体はダルダニアと呼ばれるようになりました。

ダルダノスの後をエリクトニオスが継ぎ、エリクトニオスの後をトロスが継ぎました。

トロスは自分の名前にちなみ、ダルダニアという名前をトロイアに改名しました。

トロスはスカマンドロス川の娘のカリロエと結婚し、クレオパトラ(エジプト女王とは別人です)、イーロス、アッサラコス、ガニメデスが生まれました。

主神ゼウスはガニメデスを一目見て気に入ったため、鷲に変身してガニメデスをさらってしまいました。

この時、ただガニメデスをさらって行くのは悪いと思ったゼウスは、ガニメデスの代償として神馬を1頭差し出しました。

この馬が後にヘラクレスとの間のトラブルの元となります。

ガニメデスの兄弟姉妹のイーロスはプリュギアという土地でレスリングの競技会で優勝し、50人の少年と50人の少女、まだら模様の牛を与えられました。

その時に与えられた神託で、「まだら模様の牛を歩かせ、牛が横になった土地に町を建設するように」と言われたためイーロスは牛の後を歩いていき、牛が横になったアテという丘に町を建設して、自らの名前にちなんでイリオスと名付けました。

イーロス王はアドラストスの娘エウリディーケと結婚してラメオドンが生まれ、イーロス王の後を継ぎました。

ラメオドン王がイリオスを治めていた時に、オリンポス12神の2柱、アポロンとポセイドンがゼウスに反抗したため、人間の姿になりラメオドン王のためにイリオスに城壁を建設するという罰を受けました。

この城壁建設は2神で行ったという話と、ポセイドンのみが行ったという話があります。

やがて城壁が完成し、ポセイドンとアポロンが城壁建設の報酬を請求すると、ラメオドン王は支払いを拒否したため、アポロンは疫病を振りまき、ポセイドンは海から怪物を呼びイリオスに復讐しました。

2神の復讐によって困窮していたラメオドン王に、ポセイドンが呼んだ怪物に娘ヘシオネを生け贄として差し出せば災いが遠ざかるという神託が下りました。

そこで、海岸近くの岩にヘシオネを縛り付け怪物への生け贄としました。

たまたま通りがかったヘラクレスは、以前にゼウスが下賜した神馬が欲しいと思い、神馬を代償として支払うなら怪物を倒すと申し出ます。

ラメオドン王は了承し、ヘラクレスは海から怪物が現れると胃の中に入って三日三晩滅多切りにし続け、怪物を倒しました。

しかし、怪物がいなくなるとラメオドン王は神馬が惜しくなり、ヘラクレスへの引き渡しを拒んだためヘラクレスはいずれ必ず復讐すると言い残して去って行きました。

この時のヘラクレスはアポロンの神託によってミケーネ王から命じられた12の功業の最中だったため、その場での復讐を諦めたのです。

やがてその時の言葉通りヘラクレスは戻ってきました。

18隻の軍船にはヘラクレスをはじめ、ペレウス、テラモンといった英雄達が乗船していました。

ヘラクレス達が船を下り、イリオスを目指して進軍を始めた隙をついてラメオドン王は船団を襲いましたが、これに気付いたヘラクレス達が戻ったため逆包囲され捕まってしまいました。

ヘラクレスはイリオスを包囲し、テラモンがイリオスに一番乗りで入城しました。

ヘラクレスは非常にプライドが高く、一番乗りの名誉を奪われたテラモンが許せなかったためテラモンを暗殺しようと考えます。

これに気付いたテラモンはヘラクレスが来る前から部下に命じて巨石を集めはじめます。

やがて到着したヘラクレスはテラモンが石を集めているのを見て不思議に思い、何故石を集めているのかを訪ねました。

テラモンは「偉大な英雄、勝利者ヘラクレスに捧げる祭壇を作るためです。」と答えたため、ヘラクレスは非常に喜びラメオドン王の娘ヘシオネをテラモンに与え、暗殺を中止しました。

ヘラクレスはヘシオネに、イリオスの捕虜の中から一人だけ連れて行くことを許しました。

ヘシオネは兄妹のポダルケスを選び、ヘラクレスがポダルケスの身請け金を求めるとヘシオネは自らのベールを差し出しました。

このことからポダルケスはプリアモス(買うという意味のギリシャ語に由来)と呼ばれるようになりました。

ポダルケス以外の王子はヘラクレスによって全員処刑されました。

このポダルケス、プリアモス王、の時代にトロイア戦争が起こり、イリオスは滅亡することになります。

プリアモス王にパリス王子が生まれたとき、王子の母へカペーは「燃える木を産み、その炎が元でイリオスが焼け落ちる」夢を見ました。

その夢の通りに、パリス王子の行動が元でイリオスは滅亡することになりました。

パリス王子は美の女神アフロディーテから、スパルタ王メネラオスの后ヘレネーを奪うことを許されたため、スパルタからヘレネーを奪って妻としました。

もちろんスパルタのメネラオス王がこれを承諾するわけもなく、トロイアに対してヘレネーの返還を求めましたがパリス王子が拒否したため、メネラオス王は兄のミケーネ王アガメムノンとともにトロイアを攻撃しました。

アガメムノン王に率いられたギリシャ軍はイリオスに上陸し、ヘクトール王子を総大将とするイリオス軍と交戦しました。

この戦争は簡単には決着が付かず、消耗戦に突入して10年以上続きました。

ギリシャの将軍オデュッセウスはエペイオスに命じて巨大な木馬を作らせます。

この木馬は内部に人が隠れられるようになっており、内側に兵士を隠したままイリオスに木馬を運び混ませました。

トロイア戦争が始まる前にギリシャ軍に神託があり、イリオスに勝利するためには次の3つの事が必要であるとされていました。

1.イリオスにあるアテナ神像がトロイアの外まで持ち出されること

2.ネオプトレモスが戦争に参加すること

3.イリオス正門の鴨居が壊れること

木馬を作る前からネオプトレモスは参戦していたため、木馬をイリオスに搬入するときにトロイア人が自分達で門を壊すように仕向けたと言われています。

残る神像はディオメデスとオデュッセウスが運び出すことになりました。

木馬はアテナに捧げるために作られたもので、この大きさの理由は木馬がイリオスに運び混まれてしまうとこの先ギリシャは戦争に勝つことが出来なくなるから、このような巨大なサイズにして、運び込めないようにした、という捕虜の言葉を信じたトロイア人は門を壊して木馬を城内に運び混みました。

これと併せてギリシャ軍も撤退を装っていたためイリオスの人々は安心して勝利の宴を開きます。

夜、人々が酔っ払って寝静まったころ、木馬の中からギリシャ軍が出現して一気にイリオスを攻め落としてしまいました。

ハインリッヒ・シュリーマンの発掘

ハインリッヒ・シュリーマンは子供の頃に呼んだホメロスのイーリアスを実話と信じて、その発掘資金を貯めるために商人になったと述懐しています。

西暦1868年に、アナトリア半島西端のチャナッカレ近郊のヒッサリクの丘をイリオスの跡地と仮定して、シュリーマンは発掘を始めました。

この狙いは正しかったのですが、シュリーマンは考古学については素人だったため、本来のトロイア戦争時代の遺跡を破壊してしまい、真相は闇の中に葬られてしまいました。

トロイの古代遺跡は、9層からなる複雑な遺跡群で、滅亡と再生を繰り返した町がここにあった事を示していたのです。

シュリーマンがトロイの古代遺跡と断定した遺跡は紀元前2500年頃の地層で、ホメロスのイーリアスは紀元前1300年頃の話なのです。

考古学の観点からはシュリーマンの発掘は遺跡にダメージを与え、物的証拠を消滅させてしまうという致命的なミスを伴うものでしたが、この遺跡の発見がその後の考古学会に与えた影響は非常に大きいものでした。

お役立ち情報

こちらではトロイの古代遺跡観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

トロイの古代遺跡の木馬

トロイの古代遺跡入り口には大きな木馬の模型が設置されています。

これは階段が設けられ、中に入って見る事もできるのですが、いくら古代とはいえこの見た目では中に人が居ることは容易に見破られるためちょっと合理的ではないという方も多いようです。

チャナッカレの海岸にある、映画「トロイ」で使用されていた木馬の方がリアリティがあると言う方もいますのでお時間があるようなら見比べてみて下さい。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにトロイの古代遺跡に興味を持って頂けたなら幸いです。

トロイの古代遺跡があるのはトルコのチャナッカレという町からバスで30分程度の場所です。

チャナッカレはトルコの首都イスタンブールからバスで6時間程度、日本からの日程を考えると往復するだけでも2日はかかる長い道のりです。

そのためか、トロイの古代遺跡だけを見るためにトルコを訪れるという人は少なく、イスタンブールやエフェソスの古代遺跡と組み合わせて日程を組む方がほとんどです。

また、予備知識があまり無い場合には、大きい木馬があってあとは廃墟・・・のような感じになってしまいますので、小説や映画などで予備知識を仕入れてから訪れる事をオススメします。