翻訳(Language Change)

トルコの世界遺産!エフェソスについてまとめてみた!

 

今回ご紹介するのは世界遺産、トルコの「エフェソス」です。

皆さんはエフェソスについてご存じでしょうか。

エフェソスは現在ではトルコ領となっていますが、かつてはギリシャ人の植民地でした。

世界遺産もその時代に建設された建物が多く登録されています。

また真実は定かではありませんが、エフェソスにはイエス=キリストを生んだ聖母マリアが余生を過ごしたという伝説も残されています。

そんなエフェソスの魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

エフェソスの歴史

現在の考古学界ではエフェソスに最初に定住したのはギリシャ人ではなくリディア人だったとみられています。

これはヒッタイトが残した文献に記載されているアルザワ王国の首都アパサがエフェソスなのではないかというものです。

またエフェソスの遺跡からはミケーネ文化の陶器も見つかっています。

ギリシャ時代のエフェソスは月の女神アルテミスが広く信仰されていました。

紀元前356年に、後世まで自分の名前を伝えようと考えたヘロストラトスという男がエフェソスのアルテミス神殿に火をつけました。

この放火事件によってアルテミス神殿は焼け落ちてしまい、その後アルテミス神殿は再建されましたが怒ったエフェソスの住民はあらゆる記録から犯人の名前を削除しましたが、それにもかかわらずヘロストラトスの名前は現代に伝わってしまっています。

また、エフェソスには古代世界の三大図書館に数えられるセルシウス図書館がありました。

他の二つはアレキサンドリアのアレキサンドリア図書館、ペルガモンのペルガモン図書館です。

エフェソスは東方と西方の文化が混ざり合ったヘレニズム都市として栄えましたが、紀元前2世紀には古代共和制ローマの支配下に入りました。

古代共和制ローマの下ではアナトリア半島の西側半分に相当する属州アジアの首府が置かれました。

またエフェソスは古代ローマの共和制末期には、三頭政治を行った三大権力者の一人、マルクス・アントニウスがプトレマイオス朝エジプト女王クレオパトラ7世と一緒に過ごした土地でもあります。

共和制が終わり、帝政となった後も古代ローマ帝国の東地中海における重要拠点として繁栄しました。

現在も残っている世界遺産のアルテミス神殿はこの時代に建設されたものです。

アルテミス神殿には巨大な図書館と劇場が備わっていました。

どちらも巨大な建物でしたが、劇場の方は当時の世界では最大規模の大きさで、5万人の観客を収容することができました。

エフェソスは他の地域と比較すると早い段階からキリスト教が浸透しました。

新約聖書にもエフェソスの教会宛の書簡「エフェソの信徒への手紙」があります。

また真偽の程は定かではありませんが、十二使徒の一人ヨハネがパトモス島から解放された後、エフェソス司教であったときにヨハネによる福音書を書いたとも伝わっています。

古代ローマ帝国がキリスト教を公認した4世紀以降には、エフェソスでは教会会議や公会議が開かれることも多く、西暦431年に開催されたエフェソス公会議ではネストリウス派が異端とされ、西暦449年に開催されたエフェソス強盗会議では単性と三位一体論について議論され、単性が正当とされました。

この単性正当宣言は後に覆され、現在では父と子と聖霊の三位一体説が正当教義とされています。

エフェソスは東西ローマ帝国の分裂後は東ローマ帝国の領土となりました。

東ローマ帝国でも引き続き属州アジアの首府が置かれ、繁栄は続きます。

属州アジアの政治的中心地であるとともに東地中海交易の重要拠点でもあり、またエフェソスには府主教座(大司教座)が置かれ、宗教活動の中心地でもありました。

キリスト教以外が禁止された後はアルテミス神殿や劇場は石切り場として利用され、新たな建物の建築資材として解体されていきました。

ここから切り出された石材はコンスタンティノープルまで運ばれて、建築資材とされることもありました。

7世紀頃にはイスラム教勢力の台頭を受けて、エフェソスにも城壁が建設されます。

紀元前から使用されていた港湾も、土砂の堆積によって用途が制限されるようになってしまいました。

8世紀になるとイスラム教勢力の攻撃が頻発するようになり、東ローマ帝国はエフェソスから撤退しました。

その後は急激に衰退し、港も完全に埋まってしまいました。

代表的建造物

アルテミス神殿

世界七不思議の一つとも言われたのがエフェソスのアルテミス神殿です。

月の女神、狩猟と豊穣の神アルテミスを祀ったこの神殿はアテネのパルテノン神殿よりも大きい神殿でした。

キリスト教公認後は石切り場となってしまったため、現在では柱が1本残っているだけとなっています。

セルシウス図書館

2階建ての巨大な図書館はセルシウス図書館です。

西暦117年に建設されたこの図書館は、古代遺跡の中央部分に位置しています。

当時はパピルスや羊皮紙に書かれた数多くの巻物が収められていて、その数なんと12万巻にも及んだそうです。

アレクサンドリア図書館、ペルガモン図書館と並ぶ古代世界三大図書館の一つとされています。

聖母マリアの家

イエス=キリストがゴルゴダの丘で処刑された後、聖母マリアは使徒ヨセフによってエフェソスに連れられていき、この地で余生を過ごしたと伝わっています。

エフェソスの古代遺跡の南にあるビュルビュル山には聖母マリアが暮らしていたと伝わっている家が残っています。

この家は世界中からキリスト教徒が巡礼に訪れる聖地となっていて、内部では私語、写真撮影は禁止されています。

ローマ教皇が訪れたこともあり、その時に収められたロザリオが展示されています。

聖母マリアの家の近くにある郵便局のスタンプは、聖母マリアがデザインされたオリジナルのスタンプを使っていることで有名で、バチカンの郵便局と並び、数多くの観光客がここから絵葉書や手紙を発信する人気スポットとなっています。

お役立ち情報

こちらではエフェソス観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

チョップシン

エフェソス名物の食べ物と言えばチョップシンです。

チョップシンは一言でいえば羊肉の串焼きで、見た目は焼き鳥に似ています。

シシケバブと言った方がわかりやすいでしょうか。

エフェソスのチョップシンは少し硬くて歯応えがあります。

一人前でも7、8本出てきますのでボリュームも十分です。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにエフェソスに興味を持って頂けたなら幸いです。

アルテミス神殿が有名なので、エフェソスという名前を聞いたことのある方は日本でも多いのですが、場所がよくわからないという声をよく聞きます。

アルテミスがギリシャ神話の神様なのでギリシャのどこかだろうと思っている方も多いようですね。

トルコにあるとお話するとみなさん驚かれます。

エフェソスは聖母マリアが余生を送ったという伝説から、キリスト教の聖地ともなっていますので、いつもたくさんの観光客が訪れています。

位置的にトルコやギリシャにある他の観光地と組み合わせて訪れる方が多く、ロードス島やトロイア遺跡との組み合わせが多いようです。

ギリシャ、トルコを訪れる際にはエフェソスへのご訪問も是非ご検討下さい!