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音がなる噴水!?ティヴォリの世界遺産「ヴィッラ・デステ」で癒しの庭園散歩!

ヴィッラ・デステは、ローマから東へ向かって40キロほどのところにあるティヴォリにある宮殿である。
ルネサンス時代の16世紀、フェッラーラの貴族で枢機卿であったイッポーリト・デステによって建設された広大な宮殿と庭園は、2014年にユネスコの世界遺産に認定された。

毎年、45万人以上の訪問者がある歴史建造物である。

ヴィッラ・デステの歴史

ヴィッラ・デステとは、「エステ家の別荘」の意である。その名の通り、モデナの貴族エステ家のイッポーリトによって建てられた。イッポーリト・デステは、フェッラーラの英邁な君主アルフォンソ一世と、悪名高きボルジア家のルクレツィアとのあいだに生まれた次男であり、30歳で枢機卿となった。

1550年、41歳のイッポーリトは法王となったユリウス三世から法王選挙に協力した褒賞としてティヴォリの領地を与えられた。現在エステ家の別荘がある場所には、すでにローマ時代に建てられた邸がわずかに残っていたという。

この古代ローマの雰囲気に魅せられたイッポーリトは、自身と同年代の建築家ピッロ・リゴーリオに宮殿と庭園の設計を依頼、数え切れないほどの画家や職人を内装や装飾のためにティヴォリに招聘した。
しかし、法王の代替わりには権力抗争が絡んで建設はたびたび中断する。

また、建築資材の調達、庭園の噴水のためのアニエーネ川からの水路の確保、周辺の土地の買収など、建築途中にはさまざまな困難があった。
別荘の完成は1572年、完成をいわって当時の法王グレゴリウス十三世を招待して祝典が開催されたが、イッポーリト・デステはその3ヶ月後に死去した。

その後、イッポーリトの血縁であるエステ家の貴族たちが、ティヴォリの領土と別荘を所有するという形が17世紀まで続いた。その間、バロックの天才ジャン・ロレンツォ・ベルニーニによって高名な「オルガンの噴水」が完成している。

やがて別荘はハプスブルク家の所有となる。19世紀半ば、ドイツ人の枢機卿がエステ家の別荘の美しさを愛し、文化サロンを開催していたこともある。このサロンには音楽家のフランツ・リストが通っていたことでも有名である。
1918年に、エステ家の別荘はイタリアの所有となった。

第二次世界大戦中に爆弾によって受けた被害は、その後に修復されて現在にいたっている。

ヴィッラ・デステの宮殿

ルネサンス建築の傑作と讃えられるヴィラ・デステ。壮麗な宮殿、数々の噴水が芸術的な動きを見せる広大な庭園をふくむ敷地は4ヘクタールにもおよぶ。とくに、アニエーネ川から地下の水道管600メートルを通して引いた水によって繰り広げられる噴水は、イタリア式の庭園としてはヨーロッパでも随一の美しさと言われている。

ピッロ・リゴーリオが設計した階段が美しい宮殿部分に続き、内部はフォルリの画家リヴィオ・アグレスティをはじめとする著名な画家たちによって色彩豊かにフレスコ画が描かれている。

また、古代ローマの美術を愛好していたイッポーリト・デステ枢機卿の嗜好を反映して、宮殿内のあちこちに古代ローマ風の装飾も見ることができる。別荘建築中の様子を描いたフレスコ画の一連も、1568年当時の様子を詳細に伝えていて興味深い。

ヴィッラ・デステの主役「庭園」

広大なヴィッラ・デステの大部分を占める庭園は、この歴史的建造物の主役といってまちがいない。
ピッロ・リゴーリオが設計した宮殿のファサードからまっすぐ伸びる軸を中心に、庭園は左右対称に広がる。

別荘がある小高い丘の傾斜を利用した庭園は3万5平方メートル、50の噴水、大小255の滝、300の水門に加え、水鉄砲のように吹き出る管が250,3万本の植物を目にすることができる。
その中でも、とくに有名な噴水をご紹介する。

ビッキエローネの噴水

「ビッキエローネ」とは「巨大な杯」の意である。その名の通り、バロックの象徴である貝殻に杯が乗っている設計である。別名を「百合の噴水」ともいわれるこの噴水は、1661年に当時の主リナルド・デステがジャン・ロレンツォ・ベルニーニに発注して完成した。

パンドラのロッジアと呼ばれる宮殿の中心の下に位置し、庭園の主軸を支えている構図となっている。

チェント・フォンターネ(百の噴水)

ヴィッラ・デステを訪れる人の目をもっとも楽しませる「チェント・フォンターネ」は、庭園の両際にある「ロメッタの噴水」から「オヴァートの噴水」をつなぐ通路を装飾している。

高さの異なる3つの層から水が噴き出す様式は、ピッロ・リゴーリオによって設計された。並行して並ぶ3つの層は、寓意的にアルブネオ川、アニエーネ川、エルコラネオ川を表現しており、噴水の通路によってつながる「ロメッタの噴水」はテベレ川を、「オヴァートの噴水」はティブルティーニの山岳地帯を表している。

オヴァートの噴水

その特異な形から「オヴァート(卵形の)噴水」と呼ばれている。1567年にピッロ・リゴーリオによって設計された噴水は、アニエーネ川からティヴォリの街の地下を通って引かれた水が使用されている。

中心にある巨大な盤から水がまんべんなく下に落ちる様子は、その美しさから「噴水の女王」と呼ばれるゆえんとなった。

ロメッタの噴水

「チェント・フォンターネ」を間に挟み、「オヴァートの噴水」の対岸にある「ロメッタの噴水」がある場所からは、ローマの平野を一望することができる。

小さな船の彫刻と、無数の水の吹き出し口の他に、ローマを象徴する女神の銅像がある。「ロメッタ(小さなローマ)」と呼ばれるのは、この銅像があるためである。

言伝えによれば、イッポーリト・デステ枢機卿本人の希望を受けてピッロ・リゴーリオが設計した噴水である。訪れた人は、噴水の後方に広がる眺望とともにその美観を楽しむことができる。

オルガンの噴水

ヴィッラ・デステにあまたある噴水の中でも、もっとも有名なのが「オルガンの噴水」である。建物の内部にある水圧の機械により、オルガンを奏でるという非常に珍しい噴水として知られている。

オルガンの噴水は、1568年から1611年にかけてピッロ・リゴーリオの設計をもとに建設された。ピッロ・リゴーリオの生前は、噴水にオルガンの設備は存在していなかった。ファサードには、花や草木、紋章、貝をモチーフにした装飾がふんだんに施されている。

その後、アレッサンドロ・デステ枢機卿の発案で、中央部分のへきがん壁龕がジャン・ロレンツォ・ベルニーニによって制作され、同時にオルガンの設備も整えられた。ヴィッラ・デステに招かれてこのオルガンの音色を聞いた法王グレゴリオ十三世は、内部で実は人間がオルガンを弾いているのではと何度もたずねたという逸話も残っている。

修復のためにしばらく音が出なかった噴水は、2003年からふたたび音を取り戻している。現在は、10時30分から2時間おきにその演奏を聴くことができる。

ネプチューンの噴水

広大な庭園内にある噴水のなかには、近代になって作られたものもある。「ネプチューンの噴水」は、1927年にアッティリオ・ロッシという画家が設計し、高名なエンジニアが完成させたという経緯がある。

庭園内の噴水の中では、近代の技術を取り入れているため高く吹き上げる水の見事さで有名である。様式は、カゼルタの王宮の庭園にある噴水をはじめ18世紀の噴水を踏襲している。
建築家の繊細な嗜好を反映して、水の力強い吹き出しと対照的に洗練された建築が見事である。

 

最後に

ローマの喧噪から離れたティヴォリまでは電車で1時間強。ルネサンスの粋が詰まったヴィッラ・デステは、これを見るだけでも訪れる価値がある世界遺産である。

ティヴォリの街にはさらに、古代ローマ時代の五賢帝の一人ハドリアヌスが建てた別荘の遺跡「ヴィッラ・アドリアーナ」もある。こちらも世界遺産であり、ティヴォリの街は見どころ満載といえる。