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北アンデスの山岳地帯に残る考古遺跡!世界遺産ティエラデントロの国立遺跡公園に行ってみよう!

 

ティエラデントロ国立考古公園は、コロンビアの首都ボゴタから南西に約321キロメートル離れた、南西アンデス中央地域のカウカ県に位置する標高1754mにある北アンデスの山岳地帯に残る考古遺跡です。

火山性凝灰岩に彫られた洞窟が先コロンブス期の文化的宝庫や記念碑として、1995年にユネスコの世界遺産リストの文化遺産に登録された。
激しい起伏と広大な面積が特徴的なこの地域には、現在は先住民の農耕民族であるパエス先住民が暮らしています。

周りを高山に囲まれた内陸部にありその困難なアクセス条件から“中の土地”の意の「ティエラデントロ」とスペイン人に呼ばれたことからこの名称がつきました。

ティエラデントロ国立考古公園に存在するセゴビアの丘、小妖精たちの丘、サン・アンドレスの丘、 アボカドの丘は考古学的に最も重要である、ティエラデントロ国立考古公園自体は考古学的で民俗学的な博物館でもあります。

歴史について

インカ帝国は、南米大陸を北のエクアドルから南のアルゼンチンやチリまで13世紀初頭〜16世紀半ばまで栄え領土を広げました。

しかし、ティエラデントロの国立遺跡公園は8世紀とそのインカ帝国建設以前から存在しており、プレ・インカ文明の遺跡と呼ばれています。

インカ帝国以前に存在した文明に代表的なものにナスカ文明が挙げられます。ナスカの地上絵は皆さんも聞いたことがあるでしょう。そしてこのティエラデントロ文化は14世紀まで続くことになりました。

当時は農耕民族であるパエス先住民が暮らしていたティエラデントロ国立遺跡公園からは彼らが使っていたであろう土器や金銀細工が見つかっており、彼らの文化を知るのに重要な手がかりとなっています。

地下埋葬所

サン・アグスティンに次いでコロンビア内で2番目の考古地区であるティエラデントロの国立遺跡公園は山の頂上や中腹に作られ、そこからの眺めはまさに絶景です。

そんな素晴らしい立地条件下にあるこの国立遺産公園は分けられた四つの地域に地下埋葬室があり、それぞれの名称を「アルト・デ・サンアンドレス」「アルト・デ・セゴビア」「アルト・デ・ドゥエンデ」「エル・タブロン」といいます。

またそれに加え、公園境界外ではありますが、重要な遺跡の「アルト・デ・アグアカテ」も含めてこの国立遺跡公園は構成されています。

ここに置かれている地下墓室はこの墓室はモンゴル遊牧民のテント式の家「パオ」に似て柔らかい砂岩質の土地を掘った洞窟のような円形をしており、内部は神や人間を象ったレリーフ、顔料を用いた多彩色の幾何学文様などの装飾で覆われており巨大な棺が見つかっています。

また墓室内部な竪穴構造となっており、入り口まで真っ直ぐに伸びた階段や逆に螺旋状になった階段が付いているものもあります。

この種類の階段は砂岩から切り出されて作られています。墓室には被葬者の社会的地位に応じてそれぞれ異なる壁龕や付け柱が選ばれていました。

これらの装飾や構造、その製造工程から先住民たちが近隣諸国との交易を行うことで収入を得ており、潤沢な経済状況を作り出していたと考えられており、ティエラデントロ国立遺跡公園にみる豪華な遺跡群が高度な文明の存在を証明していると唱える人もいます。

発見された地下埋葬所の数:約100
年月:西暦600〜900年頃、プレ・イスパニック時代(放射性炭素年代測定法による)

地下埋葬所の構成
(最大規格)
・幅:10m〜12m
・2つまたは3つの独立した中央の柱
・壁に沿って装飾された柱間に存在する壁龕
(最小規格)
・幅:2.5m〜3mの楕円形の床
・深さ:2.5m〜7m

葬礼

二段階の葬礼が存在するということを突き止めたのは、ティエラデントロ国立遺跡公園の調査にあたっていた人類学者マウリシオ・プエルタとアルバロ・チャベスの両者です。

その調査によると、一段階目の埋葬は個人的、二段階目は集団的なものであったということです。

個人的なものとは文字通り1人分のスペースで十分ということであり、その墓の深さはあまり深くないものを含んでおり、遺骸は当事者にゆかりのあった品物や食べ物を添えて安置されていました。

それに対し集団的なものは、個人的なものよりも墓が深く、遺骨が納められた陶製の壺が多数見つかっています。それだけでなく広口径の丸壺や球形の土器なども含め、多岐にわたる土器の発達が見られます。

また墓上の多くや地下構造部屋には漆黒の塗料で神・動物・人間を形どったレリーフなど、擬人化目的の精巧で幾何学的な壁画が見られます。

これらの装飾はあの世で生活に窮困しないようにという墓室の創造主であるパエス族による気遣いだと言われています。

また地上に存在する住居と地下に存在する死者のための墓地との間に生まれる象徴的な対称性は、生者と先祖の間にある限られた手段により審美的な感覚を私たちに伝え、亡骸が納められていながら「新しい段階」と「連続する生死の重要性」に対する強いイメージを喚起してくれます。

最後に

ティエラデントロ国立遺跡公園を調査していたマウリシオ・プエルタとアルバロ・チャベスは1970年代に損壊がひどい部分や墓室に対する修復作業や清掃をすることでこの遺跡の保存に多分に貢献しました。

その後も彼らの行いを無駄にしないよう、さまざまな活動が行われています。建造物の補強や再興、そして湿気除去のための水分排出などがそれにあたります。

先述の通り幾何学的なレリーフや装飾の方法などから、南アメリカは文字を持たない文明であったことがわかります。

裏を返せば、文字というはっきりとした証拠がないからこそ、建造物や遺跡に存在するひとつひとつのものがこの文明そのものを究明するために欠かせないものであるのです。

ティエラデントロの国立遺跡公園は自然遺産ではなく文化遺産として世界遺産に登録されています。それは人類が作り上げたものが代々残されてきたことで今私たちの目に触れることができている証でもあります。

考古学的な研究材料として、そして私が後世に伝えるべき人類の歴史や文化の変遷の証拠として、私たちはこの国立遺跡を保存する義務があります。

ティエラデントロの国立遺跡公園を訪れる際には、ぜひその外観の美しさだけでなく、文化の重み、文明の歴史、そしてその上に積み重なった幾重にもなる責任を感じながら、その一つ一つを噛み締めてご覧になっていただきたいと思います。

訪れる人により、そしてその人の感性によってその感じ方や得られる体験は違ってくるでしょう。一緒に行く人とも意見交換をしながら旅をするのもきっと新たな発見があっておもしろいでしょう。