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スペインの世界遺産!セビージャの大聖堂、アルカサルとインディアス古文書館とは?

 

今回ご紹介するのは世界遺産、スペインの「セビージャの大聖堂、アルカサルとインディアス古文書館」です。

皆さんはセビージャの大聖堂、アルカサルとインディアス古文書館についてご存じでしょうか。

セビージャの大聖堂、アルカサルとインディアス古文書館はスペイン南西部の町、セビージャにある世界遺産です。

セビージャはセビリヤ、セビーヤとも言われていますが、全て同じ町です。

※本文ではセビージャで表記を統一します。

スペイン語では「ll」(エルが2つ)の発音は地方によって異なり、「ジャ」であったり「リャ」であったり、「ヤ」であったりするため、このように異なる呼び名で呼ばれることがあるのです。

そんなセビージャの大聖堂、アルカサルとインディアス古文書館の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

セビージャの歴史

セビージャは紀元前9世紀頃にはタルテッソスという王国によって統治されていました。

タルテッソス王国の詳細はよくわかっていないのですが、錫や金、銀、銅などの貴金属の交易で栄えた王国とみられています。

タルテッソスの王はアルガントニオスという名前で、これは銀が豊富に産出されたことに由来されているとされています。

この時代から交易を通じてフェニキア人の強い影響下にあったと思われ、タルテッソス王国が滅んだあとは、フェニキア人、そしてフェニキア人によって作られたカルタゴの植民地となりました。

紀元前216年にカルタゴは町を放棄しましたが、10年後の紀元前206年には古代ローマ共和国のスキピオ・アフリカヌスが町をローマ属州ヒスパリスとして再建しました。

ゲルマン民族大移動による西ローマ帝国滅亡後は、西暦711年まで西ゴート王国がイベリア半島を統治し、セビージャも西ゴート王国に組み込まれます。

8世紀ごろアフリカ大陸から地中海を渡ってムーア人が侵入し、セビージャもイスラム教勢力の支配下に入りました。

イスラム教勢力下でのセビージャは「イスビリヤ」と呼ばれました。

西暦1036年に後ウマイヤ朝が滅亡し、イベリア半島にタイファ諸国が乱立するとセビリア王国が成立し、一時期発展しましたが、レコンキスタ(国土回復運動)によって南下してきたカスティーリャ王国のフェルナンド3世によって、西暦1248年に征服されます。

カスティーリャ王国領となってからはこの地方の主要として栄えました。

中世から大航海時代までの間は、西地中海で非常に大きな勢力となったイタリアのジェノヴァ商人がイベリア半島の拠点をセビージャに置いていたため、交易として大きく発展しました。

イスラム教国家によって統治されていたころからセビージャには数多くのユダヤ人が居住していて、レコンキスタによってキリスト教圏となってからもそのまま住んでいましたが、14世紀にペストが大流行した際、流行の原因がユダヤ人によるものという誤った認識によってポグロムと呼ばれるユダヤ人虐殺が発生し、多くのユダヤ人が命を落としました。

西暦1492年にレコンキスタが完了し、イベリア半島にカスティーリャ王国とアラゴン王国が合併したスペイン王国が成立すると、セビージャは新大陸への大西洋航路の出発点として栄え、イベリア半島で最大の都市となります。

西暦1649年のペストの大流行前には13万人を超える市民が住んでいましたが、ペスト流行を境にその地位は徐々に低下していきました。

16世紀後半から17世紀末にかけて、セビージャだけでなくスペイン全体の国力が衰えていきます。

18世紀初頭に起こったスペイン継承戦争によって、ヨーロッパでのスペインの地位は下がり、その後スペインがかつての国力を取り戻すことはありませんでした。

代表的建造物

セビージャ大聖堂

セビージャ大聖堂は世界で2番目に大きいカトリックの教会として知られています。

世界で1番大きいカトリックの教会は、総本山バチカンのサン・ピエトロ大聖堂です。

カトリック以外のキリスト教会含めると、ロンドンにあるイギリス国教会のセント・ポール大聖堂に抜かれますが、それでも世界第三位の大きさを誇ります。

もちろんスペイン国内では最大の大聖堂となります。

レコンキスタによってイスラム教徒が追い払われるまでは、セビージャ大聖堂のある場所には大きなモスクが立っていたと言われています。

セビージャ大聖堂に隣接しているヒラルダの塔は、もともとはここにあったモスクのミナレットだったものです。

カスティーリャ王国によってセビージャが征服された後、モスクを破壊して新たに大聖堂が建設されました。

セビージャ大聖堂の内部には、新大陸再発見で有名なクリストファー・コロンブスのお墓があります。

セビージャのアルカサル

セビージャのアルカサルは、スペイン王室が所有する宮殿です。

14世紀に当時のカスティーリャ王ペドロ1世によって建設されました。

タイファ諸国のセビリア王国の宮殿跡地に建てられたこの宮殿は、イスラム建築を取り入れたムデハル式と呼ばれる建築様式を用いて建てられました。

セビージャのアルカサルはその後15世紀と16世紀にも増改築が行われたため、最終的にはゴシック式やルネサンス式とムデハル式が混ざったユニークな宮殿となりました。

住所

Patio de Banderas, s/n. 41004 – Sevilla , Espana

バスC5号線Plaza de La Contratacion停留所から徒歩3分
トラム1号線Archivo de Indias 停留所から徒歩3分
メトロ1号線 Puerta de Jerez 駅から徒歩5分

セビリア大聖堂から徒歩5分
インディアス古文書館から徒歩3分

料金

一般は€9.5
学生(17-25歳)は€2
高齢者は€2
16歳以下は無料(大人の同伴が必要)
2階のCuarto Realは別料金で€4.5※4-9月の月曜18:00-19:00、10-3月の月曜16:00-17:00は無料

営業時間

4-9月は9:30-19:00
10-3月は9:30-17:00

休業日

1/1、1/6、12/25、聖週間の金曜

アルカサルの公式HP

インディアス古文書館

インディアス古文書館は、セビージャの旧商品取引所にある公文書館の名前です。

アメリカ大陸やフィリピンなど、スペイン帝国の海外植民地での活動に関する資料が収められています。

お役立ち情報

こちらではセビージャ観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

セビージャの春祭り

4月後半に行われるセビージャの春祭りは、パンプローナの牛追い祭り、バレンシアの火祭りと併せてスペイン三大祭りとも言われている活気のあるお祭りです。

もともとは家畜の見本市だったセビージャの春祭りですが、その後家畜の需要が減少したことによって次第に純粋なお祭りに変化していきました。

このお祭り期間中は毎日闘牛が開催されるほか、フラメンコのショー、民族衣装を着た人々によるパレードなどが行われます。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにセビージャの大聖堂、アルカサルとインディアス古文書館に興味を持って頂けたなら幸いです。

セビージャがあるアンダルシア地方はセビージャをはじめ、コルドバ、マラガ、グラナダなど、人気の観光地が集中していて、日本からも毎年多くの観光客が訪れています。

旅行会社のパックでも、この4つの都市の中から複数を組み合わせたツアーが数多く用意されています。

それぞれの町も気軽に移動できる距離ですし、せっかくアンダルシアに行くのでしたら複数の町を訪れて、違いを探してみるのも楽しいことでしょう。

イベリア半島のイスラム教勢力が最後まで残ったアンダルシア地方は、スペインの他の地方よりも色濃くイスラム文化が残っていて、非常にユニークな建造物が多いことでも有名です。

次回のご旅行先がお決まりでないようでしたら、是非セビージャとアンダルシア地方へのご旅行もご検討下さい!