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スウェーデンの世界遺産!カールスクローナの軍港にズームイン!

今回ご紹介するのは世界遺産、「カールスクローナの軍港」です。

皆さんはカールスクローナの軍港についてご存じでしょうか。

カールスクローナはスウェーデンの南西部、ブレーキンゲ地方にある町の名前です。

ブレーキンゲ県の県都でもあるカールスクローナは17世紀のヨーロッパでの都市計画の成功例として認識されている町の1つです。

西暦1680年にスウェーデン海軍の南方拠点として、カール11世によって建設されました。

スウェーデン海軍はこの町を本拠地としてバルト海の海上権益を獲得しようとしていたのです。

そんなカールスクローナの軍港の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

カールスクローナの歴史

カールスクローナは西暦1658年にスウェーデンの領土となりました。

領土となってから約20年後の西暦1680年に綿密な都市計画のもとに建設された新しい町です。

当初より海軍の南方進出拠点として建設されたカールスクローナの軍港は、都市建設とほぼ同時期に作られました。

この町の建造物は17世紀に建設されたものがほぼそのまま現存していることが有名です。

北方戦争などを通して領土は最大に脹れあがったスウェーデンでしたが、長引く戦争によって国家は疲弊し、海軍の軍艦も老朽化が進んでいたのです。

後に海軍の象徴となったカールスクローナには1000人以上が働く巨大な造船所が建設されました。

この造船所を中心とした造船、鉄鋼などの産業が集まったカールスクローナは、当時のスウェーデンでは最大規模の工業都市となったのです。

この頃作られた造船ドックは軍港そばの崖を切り開いて作られたのですが、現在でも現役で稼働しています。

カールスクローナの沖合には無数の島が存在しているため、敵艦隊の襲撃から防衛しやすいことから都市建設から350年間外敵の攻撃を受けず、古い建物がそのまま残されていることから建築学の歴史上、また文化上貴重な実物資料ともなっています。

旧市街中央広場には現地住民のために作られた教会と、ドイツ系の商人たちのために作られた2つの教会があり、町のシンボルともなっています。

それぞれ建築様式の違うフレデリック教会と聖三位一体教会を中心として、町には軍港で働く労働者や、付随産業の職人、労働者などが集まり、大きく発展していました。

ウィスキー・オンザロック

カールスクローナでは歴史上有名な事件が起こったことがあります。

それは、ウィスキー・オンザロックという名前で良く知られているのですが、もちろんお酒の飲み方とは全く関係ありません。

ウィスキー・オンザロックとは、旧ソビエト連邦海軍、バルティック艦隊に所属していたウィスキー級潜水艦がカールスクローナ付近のスウェーデン領海内で座礁した事件の古都です。

この事件が起こる前、たびたび漁船の網が切られていたため、領海侵犯が疑われていました。

ウィスキー級潜水艦はもともとはドイツのUボートという有名な潜水艦を改造した沿岸警備用の潜水艦だったのですが、その一部がミサイル発射型に改造されていることは当時でも知られていました。

この潜水艦が座礁したのは西暦1981年10月のことで、当時は冷戦まっただ中だったため、この事件は世界的に注目されました。

実はこのときソビエト連邦海軍司令部は他国領海への侵入を命令しておらず、スウェーデン領海内に侵入したこと自体が偶発的な事故だったのですが、スウェーデン側では偶発的な事故ではなく新型魚雷のテストを偵察にきたと想定しました。

この潜水艦の艦長はピョートル=グーシン少佐といって、配属直後の艦長だったのでした。それもあって、事件当夜に舵取りを任せていた航法士官が海軍兵学校卒業からまもない新人とは把握できていなかったことが事件の原因となります。

この新人の誤認によって、潜水艦は本来予定していた海域から200キロ近く離れた位置を浮上航行していました。

見張り員は艦の両舷に黒い物体を視認したと報告を挙げていましたが、予定海域は遠洋で岩礁なども存在していないと見られていたことからこの報告は黙殺されました。

航法士は他船舶から流出した重油の帯であると見ていましたが、実際にはスカンジナビア半島沿岸に数多く存在する岩礁だったため、潜水艦は座礁して航行不能となってしまいました。

夜が明けると座礁地点がスウェーデン海軍の重要根拠地の一つ、カールスクローナから約10キロ地点であることが判明します。

ソビエト連邦側にその意図はなかったとはいえスウェーデンは東側ではない中立国だったため国際問題になりました。

事故翌日、スウェーデンは曳航船を差し向けたのですが、ソビエト連邦側は曳航を拒否し、副艦長のワシリィ=ベセーディンはスウェーデン側の人員が潜水艦に乗船するならば自沈すると宣言しました。

ソビエト連邦としては領海侵犯の意図がなかったため、潜水艦の航海記録を渡して事態の改善に努めましたが、これによって潜水艦の操艦技術の未熟さを露呈することにもなりました。

ソビエト連邦海軍の熟練度の低さを揶揄する形で、「ウィスキー・オンザロック」と報道されました。

両国政府の合意のもと、潜水艦が解放されたのは約10日後のことでした。

スウェーデン当局が核兵器が搭載されている可能性を疑い、調査団を派遣したところ潜水艦から放射性物質の反応がありましたが、艦内を査察することができなかったため事実は明らかとはなっていません。

但しこれについてはベセーディン副艦長が後に核兵器を搭載していたことを認める発言をしています。

代表的建造物

フレデリック教会

中央広場東側の教会はフレデリック教会です。

双塔を持つバロック式のこの教会は、西暦1720年に建設が始まり西暦1745年に完成しました。

西暦1790年に発生した火災で木造部分が失われてしまいましたが、他の部分には損傷しなかったため、西暦1805年に木造部分を金属に変えて再建されました。

聖三位一体教会

中央広場にあるもう1つの教会が聖三位一体教会です。

この教会はもともとドイツ系の商人のために建設されました。

古代ローマのパンテオン風になっているこの教会は、大きなドームが特徴的となっています。

お役立ち情報

こちらではカールスクローナの軍港観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

カールスクローナへのアクセス

カールスクローナへのアクセス方法は、デンマークの首都コペンハーゲン、またはスウェーデンの首都ストックホルムから鉄道で行く方法です。

この方法は5時間くらいかかります。

ストックホルムからの場合には、ストックホルムからハッセルスホルムで乗り換えて向かいます。

コペンハーゲンからは直通電車に乗って約3時間ほどで到着します。

他の国の首都からの方が近いのはなんだか意外な感じもしますね。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにカールスクローナの軍港に興味を持って頂けたなら幸いです。

北欧は日本からのアクセスがいいとは言えませんが、夏でも比較的涼しく、快適に旅をすることが出来ます。

ヨーロッパの他の地域と比べても治安が良いため、女性同士で旅行される方も多くなっています。

北欧へのご旅行をお考えでしたら、是非カールスクローナへのご訪問もご検討下さい!