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シトー派の修道士たちが禁欲生活を送っていた修道院!フォントネーのシトー会修道院とは?

今回ご紹介するのは世界遺産、フランスの「フォントネーのシトー会修道院」です。

皆さんはフォントネーのシトー会修道院についてご存じでしょうか。

フォントネーのシトー会修道院はブルゴーニュ地方出身のカトリックの聖人、聖ベルナールによって西暦1118年に設立された修道院で、フランス国内で最も古いシトー派の修道院です。

人里を離れた森の中にあるその姿は、建設当初のシトー派の建築様式をそのまま留めていることでも非常に有名です。

禁欲を旨としたシトー派の修道士たちが禁欲生活を送っていたのがこの修道院なのです。

そんなフォントネーのシトー会修道院の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

シトー派とは

シトー派とはシトー会、またはシトー修道会と呼ばれるカトリック教会の修道会派です。

ベネディクト会から分立した会派で、ベルナルド会と呼ばれることもあります。

ブルゴーニュ地方出身のモレームのロベールという修道士が、西暦1098年に聖ベネディクトゥスの戒律を厳格に守ることを目指して、フランスのシトーに新たな修道会を設立したことから、シトー派と呼ばれています。

ベネディクト会修道院やクリュニー会修道院が豪華な典礼服を身にまとっていたことなどを批判し、真っ白な修道服を身にまとっていたことからシトー会は「白い修道会」とも言われていました。

ベネディクトゥスの戒律の中で、労働と学習を重視したシトー会は、自ら農具を手に取って、畑の開墾や新しい農法の研究を行ったのです。

現在でもシトー会修道院は存在していますが、厳律シトー会と寛律シトー会の二派に分かれています。

フォントネーのシトー会修道院の歴史

先ほどもお話したように、フォントネーの修道院は西暦1118年に設立されました。

聖ベネディクトゥスの戒律を厳格に守って暮らすことを心がけていたシトー会の修道士たちは生きるために最低限必要なもの以外は所有していなかったため、非常に禁欲的な生活をしていました。

18世紀のフランス革命期には修道院は共和国の所有物となります。

その後、民間への払い下げが行われ、製紙工場として利用されたりもしました。

いろいろな人の手を転々とした後、西暦1820年には世界初の熱気球有人飛行を行ったモンゴルフィエ兄弟の子孫、エリ=ド=モンゴルフィエによって買い取られます。

その後西暦1906年にはリヨン出身の投資家、エドワード=エナードに売却されました。

このエナードによって修道院はもともとの姿を取り戻すために製紙工場を閉鎖し、かつてあった施設を再建されました。

この甲斐あって、当初の姿を取り戻した修道院の歴史的建造物としての価値が認められ西暦1981年に世界遺産に登録されたのです。

代表的建造物

修道院付属教会

西暦1127年から西暦1150年にかけて作られた教会です。

上空から見ると縦長のラテン十字の形をしているこの教会は、長さ約65メートル、幅約8メートルの大きさとなっています。

聖堂内部には古い聖母子像が設置されています。

この像はフランス革命期に売却され、付近のトウィヨン村にあった墓地で放置されていたものをここに安置したもので、修道院内で唯一の彫刻となっています。

この他には聖堂内部には特になにもなく、財産の所有を嫌い、禁欲的な生活を送っていたシトー会修道士の姿が目に浮かぶようです。

教会参事会室

付属教会に次いで修道士たちによって重要な空間だったのがこの教会参事会室です。

この部屋では聖ベネディクトゥスの戒律を朗読したあと、修道院全体に関する内容が話し合われました。

修道士部屋

付属教会から東回廊を抜け、さらに南側にあるのが修道士の部屋です。

この部屋では聖書の写本作成が行われていました。

また写本作成の他にも修道生活において必要なものを作成していた可能性があります。

寝室

参事会室の上階には修道士たちの寝室があります。

現在の、船を逆さにしたような形状の部屋となったのは、15世紀に起きた大規模な火災の後と伝わっています。

シトー会の戒律では個室の所有を認めず、床にわらの布団を敷いて寝ることを推奨していました。

鍛冶場

修道院の敷地内、最も南側に位置している建物は鍛冶場です。

現在ある鍛冶場は後世になって再建されたものですが、もともとは12世紀に修道院領地内の山岳丘陵から産出される鉱石を加工する目的で建設されました。

当時は付近を流れている川の水流を利用して、鍛冶場で使う槌を打つ水車を動かしていました。

お役立ち情報

こちらではフォントネーのシトー会修道院観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

アクセス

パリからTGV(フランス高速鉄道)を利用して約1時間ほどの、モンバール駅が最寄駅となっています。

駅から修道院までは定期バスも運行していない山の中なので、徒歩1時間以上かけて歩いていくか、タクシーで15分ほどかけて訪れるしか訪問手段がありません。

タクシーで訪れる場合には帰りの手配もしておいた方が良いでしょう。

市街地まではほぼ一本道ですので、道に迷う心配はないと思いますが、歩きに自信がある方以外は、世界遺産を見学したあとで1時間以上の道のりを歩くのは大変だと思います。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにフォントネーのシトー会修道院に興味を持って頂けたなら幸いです。

この修道院は大都市にある司教座が置かれているような大聖堂とは異なり、豪華な装飾や華美な文化物、絵画、彫刻、ステンドグラスのようなものがほとんどありません。

もともと、シトー会の設立経緯が貴族趣味に走っている教会の風潮をただし、戒律を守り正しい修道生活を送る場を作ることにありましたので、当然と言えば当然なのですが、壮麗な雰囲気の大聖堂を見慣れている私たちにとっては非常に質素な作りの修道院は少し寂しく映るかもしれません。

しかし、これこそがシトー会が目指した修道生活そのもので、この質素な空間にこそ歴史的、文化的な価値があると言えるのでしょう。

パリから簡単に訪れることができ、日帰りも容易な位置にありますので、煌びやかなパリに飽きた方には逆に良い世界遺産かもしれません。

フランスへご旅行の際には、フォントネーのシトー会修道院ご訪問もご検討下さい!