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クロアチアの世界遺産!『古都トロギール』をクローズアップ!

今回ご紹介するのは世界遺産、「古都トロギール」です。

皆さんは古都トロギールについてご存じでしょうか。

古都トロギールはクロアチア共和国のダルマツィア地方にある町の名前で、町自体はアドリア海に浮かぶ島の上にあります。

大陸とチオヴォ島の間に浮かぶこの小さな島は、古くからアドリア海交易の中継地点として栄え、アドリア海を支配した古代ギリシャ、古代ローマ、そして地中海の女王ヴェネツィア共和国によって治められてきました。

交易の中心地であったことから近代以前にはこの地方でも有数の裕福な町として知られており、数々の建物が残されています。

そんな古都トロギールの魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

トロギールの歴史

トロギールの町はもともと紀元前3~4世紀頃に古代ギリシャ人によって作られた植民都市をその起源としています。

ビス島からやってきた古代ギリシャ人は、海上交通上の利便性の高いこの土地にトラグリーオンという名前の植民都市を建設したのです。

現在のトロギールという町の名前はこれに由来しています。

古代ギリシャの勢力が衰えて、地中海世界を古代ローマ共和国後には古代ローマ帝国が支配するようになると、ローマは属州ダルマツィアの首府を大陸側のサロナという町に置いたため、トロギールの重要性は相対的に低下してしまいました。

サロナの町はもともと古代イリュリア王国が支配していた都市で、大陸型国家だったローマ人にとってはアドリア海の島であるトロギールよりも、大陸に接続しているサロナの方が統治拠点として魅力的に映ったのでしょう。

サロナは現在のスプリット市近郊のソリン付近にありました。

かの有名なディオクレティアヌス帝が皇帝を退位した後、サロナに自らを記念した宮殿を建設し、この建物は現在でもディオクレティアヌス宮殿として知られています。

サロナはトロギールに代わって属州ダルマツィアの首府として栄え、ローマ帝国崩壊後も繁栄を続けていましたが、西暦639年にアヴァール人とスラブ系の諸民族の侵入によって町は破壊され、市民の多くはトロギールに避難しました。

トロギールは当初は独立を保っていましたが、西暦820年から860年頃、クロアチア王国の支配下に入りました。

その後11世紀にはローマ=カトリック教会の司教区も配置され、再びトロギールの町はダルマツィア地方の中心地として栄えるようになりました。

12世紀初頭にはクロアチアおよびハンガリー国王によってトロギールの町は自由都市特権を付与され、大幅な自治権を認められることになりました。

西暦1123年、当時はサラセン人と呼ばれていたイスラム教勢力の攻撃を受け、トロギール市街は広範囲に渡って破壊されました。

しかしイスラム教勢力はトロギールの恒久的支配体制を確立することはできなかった為、彼らが引き上げた後は比較的短い期間で戦災被害からの復興に成功し、その後200年間に渡ってかつてと同じように繁栄しました。

西暦1241年、ヨーロッパにモンゴル帝国軍が襲来します。

ドイツ・ポーランド連合軍とモンゴル軍がポーランド西部のリーグニッツで激突し、各地のキリスト教騎士団が結集し、ポーランド王国軍と徴兵された民兵の合計戦力はモンゴル軍を上回るものでしたがモンゴル軍の集団騎兵戦術の前にドイツ・ポーランド連合軍は壊滅し、ポーランド国王のヘンリク2世も戦死しました。

その後モンゴル帝国はこの後ハンガリーにも侵入し、ハンガリー国王ベラ4世が首都を離れて避難した先がトロギールでした。

大陸と海で隔てられていたトロギールはモンゴル帝国から身をかわすには最適の場所だったのでしょう。

長い間クロアチア王国の支配下にあったトロギールですが、15世紀前半からは周辺の他の島々と同じく東地中海の覇者、ヴェネツィア共和国の支配下に入ります。

この時代にはヴェネツィア共和国の財力を背景として、華やかな邸宅や、イスラム教勢力から町を防衛するための城塞が次々と建設されました。

18世紀末にフランスのナポレオンによってヴェネツィア共和国が滅亡させられるとトロギールはオーストリア帝国領となります。

その後、第一次世界大戦終結にユーゴスラビア王国に編入されました。

ユーゴスラビア連邦崩壊後はクロアチア共和国に帰属し、現在に至っています。

代表的建造物

カマルレンゴ要塞

カマルレンゴ要塞は島の南西端にある15世紀に建設された防御要塞です。

有料ですが要塞内部の見学も可能です。

とは言ってもこの要塞は何かを展示しているわけではなく、城壁の上と見張り台として機能していた塔、そして中央の広場を見て回れるだけなのですが、視界を遮るものが付近にないので、島全体や対岸のチオヴォ島などを見渡すことが出来ます。

聖ロブロ大聖堂

島の北東、旧市街のトロギール広場に位置している教会が聖ロブロ大聖堂です。

トロギール大聖堂と呼ばれることもあるこの教会は、ロマネスク=ゴシック式の建物で、クロアチアでも有数の由緒正しい教会として知られています。

教会入口に設置されている「ライオンに乗ったアダム像」と「ライオンに乗ったイブ像」、この教会の聖遺物である「聖イワン=ウルスィニの棺」などが見どころです。

この他にも13世紀から16世紀にかけての古い建物が多く残されており、ふらっと歩くだけでも見ごたえのある建物を発見することができるのがトロギールの町です。

お役立ち情報

こちらでは古都トロギール観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

トロギールへのアクセス

かつてはダルマツィア地方の中心都市だったトロギールですが、現在では人口12000人程度の田舎町となっており、そこまでアクセスが良いとは言えません。

トロギールへアクセスするためには、まず近隣の町スプリットを目指すのが良いでしょう。

スプリットには空港もあり、ヨーロッパの各地から飛行機が就航しています。

スプリットのバスターミナルで37番線のバスに乗ればトロギールまでは約30分で到着します。

37番線のバスは日中20分から30分に1本ほど出ていますので、時刻表の心配もいらないかと思います。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけに古都トロギールに興味を持って頂けたなら幸いです。

クロアチアというと大陸国家のイメージを持っている方が多いです。

もちろんそれは間違いではないのですが、トロギールやドゥブロブニクなどのアドリア海沿岸地域は古代から海上交易で栄えてきたこともあり、内陸部よりも華やかな町が多いです。

そして、私たち日本人にとって嬉しいことに美味しいシーフードが食べられる地域でもあります。

クロアチアへのご旅行をお考えでしたら、是非トロギールへのご訪問もご検討下さい!