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ギリシャの世界遺産!ミケーネとティリンスの古代遺跡群に迫る!

今回ご紹介するのは世界遺産、ギリシャの「ミケーネとティリンスの古代遺跡群」です。

皆さんはミケーネとティリンスの古代遺跡群についてご存じでしょうか。

ミケーネとティリンスの古代遺跡群は紀元前16世紀以前に成立したと言われているミケーネ文明の遺跡群の総称です。

ミケーネはトロイの木馬で有名な町、イリオスを滅ぼしたとされていることでも有名です。

そんなミケーネとティリンスの古代遺跡群の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

ミケーネについて

ミュケナイやミキネスと記載されることもあるミケーネはギリシャのペロポネソス地方にあった古代都市の名前です。

西暦1872年にハインリッヒ・シュリーマンによって発掘された遺跡からは、古代ギリシャよりも前の時代の文明が発見されました。

この発見された巨石文化を基本とする文明をミケーネ文明と呼んでいます。

ハインリッヒ・シュリーマンがミケーネで発見した遺跡は、獅子の門、円形墳墓、王室、アトレウスの墳墓と呼ばれている遺構が有名です。

獅子の門はミケーネ遺跡の中でも有名な遺構で、左右1対となっているライオンが掘られている石を組み合わされた門はガイドブックなどでも数多く掲載されています。

アトレウスというのはギリシャ神話に登場するミケーネの王のことです。

クレタ島のミノア文明(クレタ文明)と比較すると、どちらも巨石を用いて施設が建設されていることは共通ですが、ミケーネ文明の建造物はクレタ文明の建造物よりも厳重なつくりとなっていて、閉鎖的なデザインとなっているのが特徴です。

これは、クレタ文明とは違い、ミケーネ文明は外敵による攻撃を受ける可能性を認識していたのではないかと言われています。

ティリンスについて

ティリンスは現代ギリシャ語から、ティリンタとも呼ばれることもある、ギリシャのぺロポネソス地方にある町の名前です。

青銅器時代にすでに人が定住していたティリンスは、紀元前1400年頃から紀元前1200年頃にかけて絶頂期を迎えました。

巨石づくりの宮殿と地下道が有名なティリンスですが一番有名なのは城壁で、ホメロスによれば「強力に囲まれたティリンス」と言われていたそうです。

また地下道は一つ目の巨人、サイクロプスが作ったという伝説があり、その構造はサイクロプス式と呼ばれています。

ギリシャ神話ではティリンスはヘラクレスに由来する町と言われていて、ヘラクレス自体の出身地をティリンスとする伝説も残っています。

ティリンス宮殿は大広間が有名で、ここには大きな客間と主室がありました。

大広間の壁うち、2つの壁は紀元前750年頃から紀元前480年頃に建設されたヘラ神殿に取り込まれました。

ティリンスは紀元前1150年頃、ミケーネ文明の終焉期には衰退し、2世紀の記録によれば完全に廃墟となっていたそうです。

西暦射1884年から西暦1885年にかけてはハインリッヒ・シュリーマンによって発掘作業が行われ、現在でもドイツ・アテネ考古学研究所とハイデルベルク大学の研究チームによって発掘作業が行われています。

ミケーネ文明について

イギリスの考古学者、アーサー・エヴァンズは西暦1900年にクレタ島のクノッソスを発掘し、見つかった線文字Bをクレタ文明発祥のものと考えました。

長い間この考えは多くの人によって支持されていましたが、西暦1939年に発見された一枚の粘土板によって、線文字Bは実際にはクレタ文明ではなく、ミケーネ文明で発祥したものと判明しました。

西暦1952年にはミケーネ遺跡のミケーネ王宮から、西暦1971年にはティリンスの遺跡からも線文字Bが刻まれている粘土板が発見されました。

ミケーネ文明は紀元前1500年頃から紀元前1450年頃にかけて、ギリシャのアルゴリス地方で興ったとされています。

クレタ文明(ミノア文明)と同じく地中海交易を通じて発展したミケーネ文明は、クレタ文明との交易を通じて芸術や文化を広く輸入していましたが、やがてクレタ島を攻撃して征服したとみられています。

このころミケーネはトロイア戦争でイリオスを滅ぼしたとされており、ホメロスの叙事詩、「イーリアス」はこれを滞在として作られたとされていますが、イリオスに侵攻した軍勢がミケーネのものかどうかについては決定的な証拠は見つかっていません。

紀元前1150年頃、地中海世界に突然現れた謎の民族、「海の民」によってミケーネ文明の中心地だったミケーネとティリアスは攻撃され、ミケーネ文明は滅びました。

先ほども少しお話しましたが、クレタ島のクレタ文明(ミノア文明)が開放的な建築様式だったのに対して、ミケーネ文明の建築様式は閉鎖的なつくりのものが多くなっています。

二つの文明の建築様式を比較したときに、もっともはっきりと差異を認識できるのは中庭のつくりで、クレタ文明では入口から主殿に至る導線の基軸が中庭を通っています。

ミケーネ文明ではメガロンと呼ばれる大広間を基軸として導線が走っておいて、中庭はメガロンの付属物に過ぎません。

古代ギリシャの都市国家が民主的な制度を取り入れていたのに対し、ミケーネ文明の町は王が統治する君主制の国家でした。

周辺の村から小麦、オリーブ、ブドウなどの農作物や牛や羊などの家畜を取り立てる中央集権制を採用していましたが、同時代のエジプトやメソポタミアのように強力な王権が出現することはありませんでした。

お役立ち情報

こちらではミケーネ観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

ギリシャのルーツ

ミケーネは伝説的な王アガメムノン、ティリンスは神話の英雄ヘラクレスにそれぞれ関連していることからも明らかなように、この2つの町は古代ギリシャのルーツともなっています。

いわゆる古代ギリシャと言われている文明は紀元前800年頃から始まったのに対して、ミケーネ文明は紀元前1450年頃に始まり、紀元前1150年頃に終わりを迎えています。

線文字Bの解読が出来ていないため、まだまだ謎の多いミケーネ文明ですがギリシャの歴史上重要な意味を持っていることは間違いなく、一刻も早い線文字Bの解読が待ち望まれています。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにミケーネとティリンスの古代遺跡群に興味を持って頂けたなら幸いです。

ミケーネもティリンスもアテネなどから多くのバスツアーが組まれているため、比較的訪れやすい観光地です。

完全に廃墟となっているとはいえ、巨石を組み合わせた建造物からは雄大な歴史の息吹を感じることができ、多くの観光客が訪れるスポットともなっています。

その威容だけでも十分に訪れる価値はありますが、やはりギリシャの歴史や神話を知っているのと知らないのとでは楽しさが違うと思います。

ガイドブックに書いてある程度の内容でも十分ですので、是非知識を入れてから訪れてみてください。