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オリンピックのルーツ!?ギリシャの世界遺産オリンピアの古代遺跡の歴史に迫る!

今回ご紹介するのは世界遺産、ギリシャの「オリンピアの古代遺跡」です。

オリンピアはギリシャのペロポネソス半島西部にある町でギリシャ時代から古代ローマ時代にかけて競技会が開かれていたことで有名な町です。

このオリンピアの競技会からヒントを得て、現代のオリンピックが生まれました。
そんなオリンピアの古代遺跡を古代オリンピックの説明を踏まえながらご紹介していこうと思います。

古代オリンピックとは?

紀元前776年に第1回の古代オリンピック(オリンピア祭典競技)が開かれたとされています。

古代オリンピックは神に捧げる祭典として行われ、牛や豚などの供物も数多く捧げられた為、この期間中は普段あまり食べられないような肉も大いに振る舞われていたそうです。

古代オリンピックは当初は1種目のみの競技会でした。
それは1スタディオン(191メートル)の競争です。

この1スタディオンの競争を行う為に作られた競技場が、現在のスタジアムの語源となりました。
紀元前776年の第一回古代オリンピックから紀元前728年の第十三回古代オリンピックまでの間は、1スタディオン競争だけが行われていました。

第十四回の古代オリンピック以降、徐々に競技が増え始めます。

1スタディオン競争の他、「ディアロウス競走」と呼ばれる2スタディオン競争の他、スタディオンの直線コースを10往復する「ドリコス競争」、現在の近代五種競技の原型ともなっている「ペンタスロン(スタディオン競争、やり投げ、レスリング、幅跳び、円盤投げ)」、「レスリング」、「ボクシング」、「チャリオット競争」、「乗馬競争」、「砲丸投げ」、また変わったところでは「作詞」、「歌」といった競技が開催された事もあります。

古代でも4年に1回のペースで開かれていた古代オリンピック開催中は戦争をしているギリシャの都市国家間も一次休戦をするのが習わしになっていたそうです。

これは、古代オリンピックが主神ゼウスの神域であったオリンピアで、神に捧げられる為に行われる宗教行事でもあった事が大きく関わっています。
当初1ヶ月間の休戦だったのが、最終的には3ヶ月へと延長されたそうです。

オリンピアからアテネまでの距離は約260キロメートルもありますので、当然と言えば当然かもしれませんね。
この休戦期間中に軍事行動を起こしたことで、古代オリンピックへの参加を認められなかった国もあったと伝わっています。

そんな古代オリンピックへの参加資格はギリシャ市民権を持つ男子に限られていました。

男子なら誰でもと言うわけではなく、開催前の一定期間に訓練を行い最終試験とも言える1ヶ月の合同練習で認められた場合のみとなっていました。
今よりも過酷な競技が多くなっているので、健康でなければ出場できなかったのですね。

現代のオリンピックでは競技の優勝者に金メダルが贈られていますが、古代オリンピックではメダルではなくオリーブの木で作った冠が贈られていました。

また、賞金なども特に無く、優勝者が得られるものは主に名誉となっていました。

ただし、所属都市、部族の代表として出場しているのは現代のオリンピックと同様だったので活躍して優勝した場合にはコミュニティからいろいろな便宜を図られるなど、メリットはあったようです。

回を重ねる毎に参加者や競技種目が増え、盛況を増していった古代オリンピックでしたが、第293回のオリンピックを最後に途絶えてしまいました。

時代が下るにつれてギリシャからローマへと文明の中心地が移動し、後半はギリシャ市民ではなくローマ市民権を持つ男子が地中海全域から傘下する大きな大会となっていたのですが、西暦392年にローマ帝国がキリスト教を国教としてしまった為、異教の祭典である古代オリンピックは開催されなくなったのです。

現代のオリンピックはその後クーベルタン男爵の提唱により、西暦1896年から開催されていますが、これは古代オリンピックに倣った為、このようになっています。

代表的建造物

ゼウス神殿

オリンピア祭典競技は主神ゼウスに捧げられた大会ですので、会場内にはゼウス神殿がありました。

黒石灰石で作られたドーリス式の円柱が残されていますが、6世紀頃の地震によって倒壊したままとなっています。
ここにはかつては金と象牙で作られたゼウス像が安置されていたそうです。

ヘラ神殿

女神ヘラは主神ゼウスの姉であり、妻でもある女神です。
ゼウスと並び、特に女性から崇められていました。

オリンピアに残るヘラ神殿跡には、未だ立っている柱も何本かあり、ゼウス神殿と比較すると保存状態が良いように見えます。

現代のオリンピックでは聖火リレーが行われていますが、最初に火を灯すのがここヘラ神殿です。
女神ヘラの神殿で行われる点火儀式は男子禁制で行われているそうです。

プリタニオン

紀元前4世紀頃、マケドニア王フィリッポス2世のギリシャ統一を記念して建設されました。

古代オリンピックの評議会事務所として使用され、またオリンピックで優勝した選手はここに招かれて豪華な宴会が催されていたそうです。

フィリペイオン

ヘラ神殿の側に立っている円形の建造物はフィリペイオンです。

元はイオニア式円柱とコリント式円柱を併せ持つ円形の美しい建造物だったと伝わっています。
また円形内部には金と象牙から作られた5体のマケドニア王族の像が安置されていたそうです。

名前から気付いた方もいらっしゃるかもしれませんが、この建物もプリタニオンと同じくマケドニア王フィリッポス2世によって建設されました。

しかし完成までに時間がかかり、完成したのは彼の死後、息子のアレクサンドロス大王の時代だったそうです。

パレストラ

パレストラは室内競技場の事です。

レスリングやボクシングなどの競技が行われていました。
オリンピアのパレストラは現在でも多くの円柱に立っており、非常に広い敷地であったことが窺えます。

古代オリンピック競技場

古代オリンピックのメインスタジアムです。

現在も入り口通路のアーチが一部残っています。
古代ローマ時代には20万人を収容できる観客席を備えていたそうですが、現在は残っていません。

役立つ情報&豆知識

こちらではオリンピアの観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

アクセス

オリンピアにはアテネから直通バスが出ています。
ターミナルAから約5時間30分ほどの距離にあります。
ピルゴスという町からもバスが出ており、こちらは近いので30分ほどで到着します。

オリンピアのホテル事情

観光がメイン産業となっているオリンピアにはホテルはたくさんあります。

頑張って日帰りの日程を組むよりは宿泊した方が絶対に楽しめると思いますので、ホテルを予約して行くのがベターではないかと思います。

ホテルの料金は5000円~8000円程度が相場のようです。
※2018年3月調べ

最後に

いかがでしたか。
これをきっかけにオリンピアの古代遺跡に興味を持って頂けたなら幸いです。

ご紹介した主要建造物以外にも古代オリンピック会場にはいろいろ遺跡があります。

往事はゼウスの祭壇だけでも100以上あったとの事ですのでその壮大さを想像しつつゆっくりと回ってみるのも楽しいのではないでしょうか。

その際はアテネから日帰りの日程とするのは難しい距離ですので、オリンビア(※)に宿泊して遺跡を訪れるのが良いと思います。
ギリシャへのご旅行の際には現代オリンピックのルーツともなる、古代オリンピックが行われていたオリンピア古代遺跡への訪問も是非ご検討下さい。

※現代ギリシャ語ではオリンピアではなく濁った音のオリンビアと言います。
私などにはオリンビアではなくオリビアと聞こえます。