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オランダの世界遺産!アムステルダムのシンゲル運河内の17世紀の環状運河地区とは?

今回ご紹介するのは世界遺産、オランダの「アムステルダムのシンゲル運河内の17世紀の環状運河地区」です。

※以下、文中では環状運河地区と記載します。

皆さんは環状運河地区についてご存じでしょうか。

アムステルダムはオランダの首都で、オランダ最大の都市でもあります。

オランダはもともと海抜が低く、海や沼だった土地を何年もかけて干拓したことによって出来上がりました。

アムステルダムはその大半の市域が元は沼沢で、運河が造りやすい環境だったこともあって計画的に運河が建設されました。

そんなオランダの世界遺産、アムステルダムのシンゲル運河内の17世紀の環状運河地区の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

アムステルダムと環状運河地区の歴史

その運河の多さから北のヴェネツィアとも呼ばれているアムステルダムの運河の多くは、高度な都市計画に基づいて建設された社会インフラです。

アムステルダムはもともと13世紀に形成された漁村がその始まりで、その名前はアムステル川をせき止めたダムに由来しています。

西暦1300年頃には神聖ローマ帝国の帝国自由都市となり、ハンザ同盟都市との交易を軸に中継貿易の拠点として発展していきました。

アムステルダムは百年以上の間ハンザ同盟都市と商業上の競争を続け、やがてハンザ同盟が衰え始めると北海、バルト海交易上、重要な存在となりました。

それまでも十分に反映していたアムステルダムですが、16世紀に起こった宗教改革を景気として、爆発的な発展を手にしました。

オランダ独立戦争(八十年戦争)によってそれまで非常に反映していたアントワープが没落すると、アントワープから裕福な商人や腕のある職人が流入した他、イベリア半島からは迫害からユダヤ人が宗教的迫害から逃れ、フランスからはユグノー(新教徒)が移り住みました。

アムステルダムの都市人口が増えるにつれ、物流、交通と防衛上の観点から大規模な都市計画が必要とされました。

エイ湾を両端とする半円状の運河による都市計画はこの頃、考案され4つの環状運河が建設されます。

実はこの環状運河の整備は、内側から外側に広がって行ったのではなく、西側から東側に向かって4本同時に行われていました。

現在動物園がある、東南から東にかけての一帯はオランダ王国が絶頂期を過ぎ、衰退し始めていたことから、環状運河建設が着工されず完全な半円にはなっていません。

西暦1500年から西暦1700年までの200年間でアムステルダムの人口は20倍になり、この間がアムステルダムの黄金時代と言われています。

西暦1700年以降は徐々にアムステルダムは衰退し、二度の世界大戦では壊滅的な打撃を被りましたが、戦後復興し、現在では世界でも有数の商業として知られています。

環状運河

シンゲル運河

実はシンゲル運河は2つあります。

片方のシンゲル運河は最も古いアムステルダム市街を取り囲んでいる運河です。

西暦1480年から西暦1585年にはこの運河の内側がアムステルダム市でしたが、その後住民の増加によって市域はシンゲル運河の外側へと広がって行きました。

この内側のシンゲル運河よりも更に内側の、アムステルダム旧市街にあたる地域は世界遺産の構成資産に含まれていません。

アムステルダム旧市街は、王宮や飾り窓地区、旧教会がある地域です。

もう片方のシンゲル運河は4つの環状運河の更に外側に建設されました。

この外側のシンゲル運河を内側の4つの環状運河と比較すると、内側の環状運河が直線的に造られているのに対して、シンゲル運河はうねるような波線になっているのがわかります。

世界遺産の環状運河地区は、この波線を描いているシンゲル運河から、直線的なシンゲル運河までの間の市域を指しています。

ヘーレン運河

ヘーレン運河は17世紀に建設された三運河、ヘーレン運河、ケイザー運河、プリンセン運河の中で最も内側の運河です。

この運河は17世紀の三運河の中では最も早く建設されました。

ヘーレン運河沿いには。アムステルダムを代表する建築様式の建物が並んでいます。

その特徴は建物正面の破風が階段上になっていたり、真ん中の部分だけが尖塔のように上に向かって突き出している建物です。

陶器のお土産も売っていますし、風車とともにオランダをイメージする建物にもなっていますので、見れば分かるという方は多いかもしれません。

ケイザー運河

ケイザー運河は17世紀の三運河の真ん中の運河で、最も川幅の広い運河です。

ケイザーは皇帝という意味のオランダ語で、この運河の名前は神聖ローマ帝国皇帝に由来しています。

ケイザー運河沿いには同性愛者記念碑(ホモモニュメント)があり、多くの同性愛者達がここを訪れています。

また、アムステル川添いのケイザー運河とヘーレン運河の間には、エルミタージュ美術館のアムステルダム別館があります。

エルミタージュ美術館は所蔵数300万点を数える、ロシアのサンクトペテルブルグにある世界最大規模の美術館です。

プリンセン運河

プリンセン運河は17世紀の三運河で最も外側の運河です。

その名前は「プリンス」を意味するオランダ語で、ネーデルラント連邦共和国の最初の君主、オラニエ公ウィレム1世に由来しています。

プリンセン運河沿いには四方が同じ形をしている北教会や、建設当時世界最大級の大きさだった西教会の他、第二次世界大戦中、ナチスドイツの迫害を逃れてアムステルダムに隠れ住んでいたアンネ・フランクの家があります。

アンネ・フランクは西暦1942年から西暦1944年までアムステルダムのヨルダン地区、プリンフラハト通り263番地の家の後ろ家の3階、4階がアンネ達ユダヤ人の隠れ家でした。

役立つ情報&豆知識

こちらではアムステルダム観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

B級グルメ

アムステルダムはB級グルメが美味しい事でも有名です。

日本でもおなじみのワッフルや、平べったい形のストロープワッフル、ホットドッグやクロケット、フライドポテト、ケバブ、ハンバーガーなどいろいろな屋台や持ち帰りが出来る店が数多くあります。

ヨーロッパではどこに行ってもケバブスタンドがありますが、私はアムステルダムのケバブが一番美味しいと思いました。

どれが美味しいかというのは人それぞれだと思いますが、各国、また地域によって味や具材の変わるケバブはヨーロッパのグローバル食と言えるかと思います。

是非いろいろな国のケバブを食べ比べてみて欲しいです。

コーヒーショップ

アムステルダムでは大麻が合法です。

大麻を提供する店は「コーヒーショップ」と言います。

コーヒーを飲む店は「カフェ」ですのでお間違えの無いよう。

ちなみにマリファナの価格は1本2.5ユーロほどです。

吸うと酔っ払った時と同じような感じになると言います。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにアムステルダムのシンゲル運河内の17世紀の環状運河地区に興味を持って頂けたなら幸いです。

北のヴェネツィアとも言われているアムステルダムには本当に多くの運河があります。

また、世界遺産の構成運河は全て環状部分でも繋がっていて、かつては市民の重要な交通網となっていました。

現在でも多くの船が行き交っています。

観光クルーズの船も出ていて、市内を一通り見て回るのには非常に便利です。

かつてアムステルダムが栄華を誇っていた時代の人々は、現代人よりも頻繁に船を使っていたと思われます。

そんな当時の人々と同じ景色を見られるのもクルーズの魅力の一つです。

次回ご旅行先がお決まりでないようでしたら、是非オランダ、アムステルダムへのご旅行もご検討下さい!