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エジプトの世界遺産といえばこれ!メンフィスとその墓地遺跡-ギザからダハシュールまでのピラミッド地帯に魅了されよう!

エジプトと聞けばピラミッド、ピラミッドと聞けばエジプトを多くの人がすぐさま思い浮かべるでしょう。

誰もがその存在を知りながら、ピラミッドの真相に関しては未だ確かなことは分かっておらず多くが謎に包まれたままです。その雄大でありながらユニークな姿が長い間人々を魅了し続けるピラミッド。

一括りにしても実はそれぞれ色や形が変わるピラミッドの新しい一面を今回はご紹介します。

世界遺産としてのピラミッド地帯

エジプトのピラミッドといえば皆さんに周知の通りですが、世界遺産としての正式名称は『メンフィスとその墓地遺跡-ギザからダハシュールまでのピラミッド地帯』と言います。

文化遺産として1979年にユネスコの世界遺産として登録されました。その名称からも分かる通り、ピラミッドは一つではなく数々のピラミッドが含まれており、その長さは南北におよそ30キロメートルにもなります。

これらピラミッド地帯の遺跡群の多くは、エジプト古王国期にあたるエジプト第3王朝〜第6王朝にかけて建設されたもので、その範囲は名称にある通り、都市遺跡メンフィスからアブ・ロアシュ、ギザ、ザヴィエト・アル=アルヤーン、アブシール、サッカラ、ダハシュールへと一帯が続いています。

ピラミッドの形状をそれぞれ見比べると、綺麗な直線状の斜辺をもつ方錐形のものとはっきりした凹凸の階段状の斜辺をもつものがあることがわかります。

ピラミッドといえば綺麗な直線状のものを思い浮かべるかもしれませんが、これはピラミッド建造における技術力を表しており、もともとは凹凸がはっきりと残るものだったものが技術の洗練により直線状となっていったのです。この知識だけでもピラミッドを見ながら時系列で並べることができますね。

巨大な石が積み上げられて建造されたピラミッドは、まさに古代エジプトの象徴ですが、その目的は王家の埋葬施設というのが定説です。

ピラミッドは遺跡であり保存の観点などから発掘調査ができなかったり認可が下りていない場合もあるため、この一帯の全貌はまだ解明されていませんが、装飾品とともに埋葬されていることから身分が高かったと推測される者のミイラがピラミッド内から見つかっており、その位置付けは日本でいう古墳と同様のものであったと考えられています。

またそのピラミッドの大きさや数、そしてその構造から作業工程は気の遠くなるようなものであり多くの労働力を必要としたであろうことが想像に難くなく、以前は奴隷に労働を強いたのではないか考えられていました。

しかし今日、その建築構造が緻密な計算なくして建築が不可能であること、また建造関係者の住まい跡地に生活を営んでいたであろう痕跡が見つかったことから、高度な建築技術をもった専属労働者によりピラミッドが建造されたことが判明しています。

ピラミッド地帯の名称と種類

メンフィス

ナイル河谷地方である上エジプトと、ナイルデルタ地方である下エジプトの境界線に位置する要衝であったことから、メンフィスはエジプト初期王朝時代であるエジプト第1王朝期以降エジプト古王国期を経てエジプト第8王朝まで、都としてエジプトの統一王朝を支え続けました。

古代エジプト期は首都ではなくとも重要な都市として存在し続け、エジプト第18王朝期には再度、一時的ではありますが首都として返り咲きました。

「主な建造物」

・アラバスター製のスフィンクス

ラムセス2世の巨像

アブ・ロアシュ

エジプト第4王朝、クフ王を継いだジェドエフラー王のピラミッドが置かれている都市です。後世に大部分が破壊されたため、現在確認できるのは残った基礎部分のみです。

ギザ

エジプトの首都カイロから南西に20キロメートルほど離れナイル川の中流に位置する都市で、紀元前2500年ごろに建造された「クフ王」「カフラー王」「メンカウラー王」のピラミッドであるギザの三大ピラミッド、そしてギザの大スフィンクスを要し、現在のエジプトの象徴とも言える存在となっています。

ギザの大スフィンクスは 一枚岩から彫り出された石像で、全長73.5メートル、全高20メートルととても大きく、きっとその存在感にまるで魅入られたように圧倒されてしまうでしょう。

スフィンクスが置かれている位置はカフラー王のピラミッドの参道を守る位置にあたり、守護神として存在していたことがわかります。

世界最大と言われる大きさの石像が紀元前2500年に手作業で作られたという当時の技術力にただただ驚かされるばかりです。ただ現存しているものは当時のそのままの姿ではなく、現在に至るまでに幾度となく修復作業が行われてきました。

「クフ王のピラミッド」

高さ138メートル、容積235万平方メートルとエジプト最大を誇るこのピラミッドは、その名の通りエジプト第4王朝のファラオであるクフ王の墳墓として20年の時を経て建造されました。

このピラミッドは周知の”ピラミッドの形”としては初めて作られたもので、別名を「ギザの大ピラミッド」とも言います。壮観な出で立ちとその建造の正確さから唯一現存する世界の七不思議として数えられる建造物でもあります。

「カフラー王のピラミッド」

クフ王のピラミッドに次ぐ高さ136メートルのこのピラミッドはエジプト古代第4王朝のファラオであったカフラー王の墳墓として建造されました。

ピラミッドがそびえ立つ大地がクフ王のものより高いところにあるため、見た目には一番高いピラミッドに見えます。また先述の通り、ギザの大スフィンクスがいるのもこのピラミッドです。

「メンカウラー王のピラミッド」

高さ62メートルと三大ピラミッドの中で一番小さいこのピラミッドはメンカウラー王の墳墓として建造されました。極端にサイズが違う理由として最も有力な説は、財政悪化に伴う費用削減の余波だというものです。

アブシール

アブシールは主にエジプト第5王朝の墓地として使用され、サフラー、ネフェルイルカラー、シェプセスカラー、ネフェルエフラー、ニウセルラーの5人のピラミッドが存在する。

サッカラ

カイロの南方30キロメートルに位置する広大な土地で、エジプト第2王朝期より王家の墓地として使用されてきました。

ピラミッド建設はエジプト第4王朝期にギザに移動しましたが、第5王朝後期からエジプト第6王朝にかけてサッカラで再びピラミッドが建設されるようになりました。

「ジェゼル王の階段ピラミッド」(エジプト第3王朝)

エジプト第3王朝のジェゼル王により建設されたこのピラミッドは、その名の通り外観が6段の階段状で、高さ62m、底面は東西125m、南北109mの長方形をしており、史上初のピラミッドとも言われています。

周囲に数多くの神殿や宮殿が存在するのが特徴的で、ピラミッドだけのギザの三大ピラミッドと違い、周囲の建造物も含めて機能していた埋葬施設であったと考えられています。

・「セケムケト王のピラミッド」(エジプト第3王朝)

・「ウセルカフのピラミッド」(エジプト第5王朝)
エジプト第5王朝の創始者ウセルカフのピラミッドで、ジェゼル王のピラミッドに隣接されています。

・「ウナス王のピラミッド」(エジプト第5王朝)

・「ペピ1世のピラミッド」(エジプト第6王朝)
第6王朝のピラミッドは総じてそうですが、このピラミッドも形がほぼ崩れてしまっており、現在はピラミッドの形を成していません。

・「メルエンラー1世のピラミッド」(エジプト第6王朝)
ペピ1世の息子であるメルエンラー1世のピラミッドです。かつては高さ約52.5m、一辺は約78mであったと言われるこのピラミッドも、先ほどと同様に現在は大部分が崩壊してしまっています。

・「テティ王のピラミッド」(エジプト第6王朝)

・「ジュドカラー王のピラミッド」(エジプト第6王朝)

・「ペピ2世のピラミッド」(エジプト第6王朝)

ダハシュール

もともとは王家の埋葬地であったこの地は、カイロから40キロメートルほど南に位置する砂漠地帯です。

「スネフェル王の赤いピラミッド」

その名の通りカラーが特徴的ですが、二等辺三角形に囲まれた方錐形のピラミッドとして最古のピラミッドです。

クフ王の父であるスネフェル王が建設したこのピラミッドの大きさはクフ王とカフラー王のピラミッドに次ぐ3番目で、高さ104m、底辺218m×221m、勾配43度となっています。

表面の花崗岩が赤く見えることからこの名称がつけられていますが、実は建設当時は石灰石に覆われて白い色であったことがわかっています。

「スネフェル王の屈折ピラミッド」

高さ105m、底辺189mの大きさのこのピラミッドは、その名の通り上部43度、下部54度と途中で変わっている傾斜をもち、その独特な外観が特徴です。

最後に

ピラミッドと一言で言っても、実はさまざまな時代にさまざまな種類・形状・大きさのピラミッドが存在することがおわかりいただけたかと思います。

技術の進歩により私たちの周りでもさまざまな建造物が日々増えていますが、その技術力を持ってもやはりピラミッドのその設計には驚かされるばかりです。

またその建造時期を考えると、人知を超えた発想力とそれを実現させる力を目の当たりにし、そのスケールの大きさに度肝を抜かれることでしょう。

写真や映像では何度もみたことがあるピラミッドを、その歴史や背景も含めてぜひ自らの目でご覧になってください。