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イタリアの世界遺産!ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂特集!

今回ご紹介するのは世界遺産、イタリアの「ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂」です。

皆さんはローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂についてご存じでしょうか。

ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂はイタリアの首都ローマとバチカン市国に渡って広がる世界遺産で、同じく世界遺産の「バチカン市国」に隣接しています。

「永遠の都」とも呼ばれたローマ歴史地区の世界遺産は数が多いので、今回はいくつかのスポットをピックアップしてみました。

そんなローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

ローマの歴史

ローマは伝説によれば紀元前7世紀にレムスとロムルスの兄弟によって建設されたとされていますが、実際にはそれよりも早い紀元前9世紀から8世紀にかけて鉄器時代の遺跡が発見されています。

紀元前6世紀頃にはローマにはエトルリア人による王国が成立しており、この頃には既に世界遺産を構成する資産の1つであるフォロ・ロマーノが建設されていました。

フォロ・ロマーノはその後長きに渡ってローマの政治的中心地となります。

古代共和制時代のローマは順調に領土を広げます。

領土が広がるに従ってローマの市街地も広がり続け、紀元前3世紀にはローマ街道が整備され、「全ての道はローマに通ず」と言われるようになりました。

戦車競技場であるシルコ・マッシモが建設されたのもこの頃の事です。

一時期はカルタゴのハンニバルによって危機を迎えたローマでしたが、逆侵攻によってカルタゴを降伏させた後はヨーロッパにローマの敵となる勢力はいなくなりました。

紀元前27年にアウグストゥスがローマ皇帝となり、帝政期に入った頃にはローマには100万人の市民が住んでいました。

当時世界最大の国となったローマ帝国を統治するために、フォロ・ロマーノが拡張、整備されました。

パンテオンが建設されたのもこの頃の事です。

この頃まではローマの市街地は雑多に広がっていたため、西暦64年に大規模な火災が発生するとローマ市街の3割以上が失われてしまいました。

この事件をきっかけに、ローマでは綿密な都市計画に基づいた区画整備が行われました。

火災によって大打撃を受けたローマ市街でしたが、結果として大規模な区画整理が行われ、また災害復興事業が公共事業の性格を持っていたため、コロッセオなどの巨大な建物も次々と建設され、ローマは世界帝国の首都として繁栄しました。

長い間繁栄を享受したローマでしたが、西暦286年にディオクレティアヌス帝によってテトラルキアが導入されると、四人の皇帝はより前線に近い位置に宮殿を置いたため、政治的重要度が低下しました。

これによって人の移動も起こり、ローマは徐々に衰退して行きます。

ゲルマン民族の大移動が起こると、西ゴート族やヴァンダル族によって略奪され、西暦476年に西ローマ帝国が滅びた後はオドアケルの王国や東ゴート王国によって統治されました。

ユスティニアヌス帝によって西ローマ帝国の領域が再統一されると、ローマもその支配下に入りました。

しかし、東ローマ帝国はローマを重要視していなかったため、衰退には歯止めがかかったものの、再び成長するには至りませんでした。

8世紀にランゴバルド族によって東ローマ帝国のラヴェンナ総督府が陥落すると、ローマ教皇ステファヌス2世はフランク王国の小ピピンに救助を要請し、これに応じた小ピピンによって攻略されたラヴェンナが教皇に寄進され、教皇領が成立しました。

教皇領は度々神聖ローマ帝国やシチリア王国から侵攻され、フランス王国によるアヴィニョン捕囚(教皇のバビロン捕囚)によって70年間教皇がローマに不在となる事もありましたが、15世紀以降のローマは教皇領の首都として安定した地位にありました。

17世紀に最大の大きさになった教皇領でしたが、三十年戦争の講和条約、ウェストファリア条約によって諸侯の権利が強化された事によって教皇の権利が制限されました。

フランス革命後のナポレオン戦争では、ナポレオンによってローマが占領され、教皇領も消滅してしまいましたが、西暦1814年のウィーン会議で復活しました。

その後はサルデーニャ王国(後のイタリア王国)によるリソルジメント(イタリア統一運動)によって教皇領は徐々に侵食され、西暦1870年にはローマが占領され教皇領は消滅しました。

その後イタリア王国と教皇庁は断絶状態が続きましたが、西暦1929年のラテラノ条約によって国交を回復し、バチカン市国が成立しました。

代表的建造物

フォロ・ロマーノ

フォロ・ロマーノはエトルリア人の王国があった紀元前6世紀からテトラルキアが制定される西暦286年まで一環してローマの政治的中心地として機能していた場所です。

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂のすぐ南側にあるこの場所には数多くの神殿や宮殿が建設されました。

多数の遺跡が残されており、現在でも数多くの観光客が訪れる人気の観光スポットとなっています。

コロッセオ

フォロ・ロマーノの東に位置するコロッセオは建設当初はフラウイウスの円形闘技場と呼ばれていました。

約5万人が収容できるこのコロッセオでは、剣闘士と猛獣との戦いや、剣闘士同士の殺し合い、模擬海戦や戦車戦など様々な催し物が開かれました。

皇帝がローマ市民に娯楽を与える場所がここコロッセオだったのです。

当時は4層のアリーナを持つ、高さ48メートルの建物でしたが、中世を通じて解体され、他の建物の資材とされたために、現在のコロッセオは当時の半分程度の規模となっています。

コロッセオの南西にはコンスタンティヌスの凱旋門があり、こちらも世界遺産の構成資産となっています。

トレビの泉

トレビの泉はローマで最も有名な噴水です。

この泉は西暦1762年に完成しました。

後ろの建物の外壁と一体化したこの泉は、中央に水の神ネプチューン、両脇に豊穣の女神ケレスと健康の女神サルースの彫刻が配置されています。

この泉には、後ろ向きにコインを投げ入れると望みが叶うという伝説があります。

1枚のコインを投げ入れた場合には、ローマに再び戻って来る事ができ、2枚のコインを投げ入れた場合には恋人と永遠に一緒にいることができ、3枚のコインを投げ入れた場合には夫や妻と別れることができるというものです。

夫や妻と別れることが出来るというのは不思議な感じがしますが、カトリックでは基本的に離婚を認めていなかったため、このような伝説となったそうです。

トレビの泉は観光客で非常に混雑しているトレビの泉ですが、夜は人も少なくなり、ライトアップされた泉は非常に美しく幻想的です。

あまり混雑しているところが得意では無い方は、是非夜に訪れてみて下さい。

サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ大聖堂

サン・ジョンヴァンニ・イン・ラテラノ大聖堂は、ローマ司教座が置かれている大聖堂です。

ローマ司教は教皇が兼任していることからカトリック全体の司教座聖堂とも言われています。

もともとローマ教皇はこの大聖堂に隣接しているラテラノ宮殿に居住していたのですが、アヴィニョン捕囚(教皇のバビロン捕囚)によって主が不在となった間に度重なる略奪によって荒れ果ててしまい、それ以降は教皇がここに戻ることはありませんでした。

現在のサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ大聖堂は西暦1735年に大改修された建物で、現在の特徴となっている多数の聖人像が配置されたファサードもこのときに造られました。

大聖堂前の広場にあるオベリスクは、古代エジプト王のトトメス3世がカルナックに建設したオベリスクで、ローマに運ばれた後はシルコ・マッシモに建ててあったものを後世に移築したものです。

サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂

サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂は4世紀初頭にコンスタンティヌス1世によって聖パウロに捧げるために建設された大聖堂で、その名前の意味は「城壁の外の聖パウロ大聖堂」です。

その後西暦386年にテオドシウス1世によって大規模な増改築が行われ、現在の規模になったと伝わっています。

西暦1823年には火事で大部分が失われてしまい、現在の建物はその後政権されたものです。

この大聖堂はローマの四大バジリカの1つです。

四大バジリカとはサン・ピエトロ大聖堂の他、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂、サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂の事で、世界遺産の登録名、「ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂」の教皇領というのはサン・ピエトロ大聖堂を除く、他の2つの大聖堂を指しています。

サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂だけが個別に名前を出しているのは、ローマの歴史地区から離れた場所にあるという理由で、残念ながら特別な遺産というわけではありません。

お役立ち情報

こちらではローマ観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

グラディエーターに注意

コロッセオやフォロ・ロマーノ、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂の近くなど、剣闘士の格好をしている人がいて、写真を撮ろうよと誘ってきますが有料なので注意して下さい。

金額の相場は2、3ユーロほどなので、気にしないという方は、必ず事前に金額を聞いてから写真を撮りましょう。

中にはタダでいいと言っておきながら後でお金を請求してくるような人もいます。

ローマパス

普段はこの手のツーリストパスは絶対にお得なのですが、ローマパスの場合はお得と言えるかどうか微妙なところです。

結論から言ってしまうと、コロッセオに行く予定がある場合にはお得ですが、コロッセオに行く予定が無い場合にはそこまでお得ではなく、さらに博物館に行く予定が無い場合には買わない方がよくなります。

コロッセオに行く予定が無い場合には、日程に応じてROMA24HまたはROMA48H、ROMA72Hの乗り放題チケットを買った方がお得です。

コロッセオとフォロ・ロマーノ、ヴァチカン美術館以外のほとんどのローマの人気スポットは入場無料なのです。

また、人によっては地下鉄やバス、トラムをあまり利用しないで歩いて回りたいという方もいると思います。

ローマ歴史地区の観光スポットはパンテオンを中心として半径3キロメートル圏内にほぼ全てが収まっていますので、歩いて回るのもそこまで苦ではありませんので、ローマパス購入前には訪れるスポットや交通手段を確認してからの方が良いと思います。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂に興味を持って頂けたなら幸いです。

紀元前から100万人が住んでいたという永遠の都ローマ、現在もイタリアの首都として都であり続けています。

今回ご紹介した以外にも、本当に数多くの観光スポットがあり、ローマをよく知っている方の中には、何でここが紹介されてないの?と思う方もいらっしゃることでしょう。

特にパンテオンは「ローマに来てパンテオンを訪れない者は、愚者のままきて愚者のまま去る」と言われる程に美しく、見応えのあるスポットです。

有名なスペイン坂や、数多くの教会、博物館など、本当に観光スポットが多すぎて、とても1日や2日では周り尽くせないのがローマなのです。

私が初めてローマを訪れた時には1週間滞在しましたが、それでも周り切れませんでした。

ローマは観光地としてハズレの無い町ですので、初めての海外旅行や学校の卒業旅行、新婚旅行などにもお勧めできます。

もし、そういった旅行を控えている方で行き先を決めかねているようでしたら、是非ローマへのご旅行をご検討下さい!