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イタリアの世界遺産!マテーラの洞窟住居と岩窟教会公園とは?

 

今回ご紹介するのは世界遺産、イタリアの「マテーラの洞窟住居と岩窟教会公園」です。

皆さんはマテーラの洞窟住居と岩窟教会公園についてご存じでしょうか。

マテーラの洞窟住居と岩窟教会公園はナポリの東方、マテーラという町にある8世紀から13世紀にかけて作られた洞窟住居とカトリックの教会のことです。

マテーラはイタリア半島をヒールのあるブーツに例えると、ちょうど土踏まずの位置にある小さな町です。

そんなマテーラの洞窟住居と岩窟教会公園の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

マテーラの洞窟住居とは

マテーラの洞窟住居は、イタリア語では「サッシ」と呼ばれています。

サッシという言葉は石や岩を意味するイタリア語なのですが、マテーラのサッシと言った場合には、洞窟住居を指す言葉となるのです。

マテーラ一帯はグラヴィナ渓谷という石灰岩の台地が広がっていて、その至るところにサッシが存在しています。

サッシが建設され始めた時期は現在でもいまだに明らかとなってはいませんが、おおむね8世紀から13世紀にかけてのことと見られています。

この時代にはイスラム教勢力による東ローマ帝国の領土侵攻が広範囲で行われていたため、キリスト教の修道士の多くがイスラム教勢力によって征服された地域からマテーラに移り住むようになり、洞窟住居を建設したと言われています。

もともとマテーラでは旧石器時代の道具なども出土しており、かなり古い時代から人類が定住していたのではないかと見られています。

東ローマ帝国がオスマントルコ帝国によって征服された後の15世紀、16世紀にはアルバニアやセルビアなどのスラブ圏地域から数多くのキリスト教徒が移住してきました。

この当時マテーラを治めていたのはアランゴーナ家という貴族でしたが、アランゴーナ家はマテーラをジャンカルロ・トラマンターノ伯爵という別の貴族に売却したのです。

ジャンカルロ・トラマンターノ伯爵は購入代金を取り戻そうとマテーラに重税を課したため、住民の反乱に遭って逆に処刑されてしまいました。

17世紀後半から19世紀初頭にかけてはこの地域の中心的な存在となり、マテーラは最盛期を迎えましたが、西暦1806年には近くの町、ポテンツァにその地位を奪われ、徐々に衰退していきました。

もともとはイスラム教圏からの避難民の住居だったサッシは、近代に入ると貧しい農民の家として利用されていました。

19世紀の産業革命以前は、人口も少なくサッシに住む人々の住環境もそれほど悪くなかったと言われていますが、産業革命以降、特に20世紀の初めからはマテーラを含む南イタリアの人口も急激に増加し、以前は牛や馬などの家畜が飼われていたサッシも人間の住居として使われるようになりました。

しかし、このような家畜用のサッシは光も入りにくく、水はけも悪いものが多かったことから人間にとって望ましい住環境からは程遠く、乳幼児死亡率は50パーセントを超えていたといいます。

死亡率50パーセントということは、2人に1人は成人前に死亡していたということで、いかに劣悪な環境だったかがおわかり頂けると思います。

マテーラの政府当局もサッシの住環境悪化について問題視していたため、西暦1950年代にはマテーラ郊外に多数の集合住宅を建設し、サッシに住んでいた住民1万5000人以上を集合住宅に移しました。

この対応によってサッシ地区は人の住まない廃墟となったのですが、20世紀後半に150以上の石窟寺院や洞窟住居、地下水路を利用した上水道によって貯水槽に水を供給するシステムなどの文化的価値が再評価され、西暦1993年にはユネスコの世界文化遺産に登録されました。

これをきっかけにマテーラのサッシ地区を訪れる観光客が増えたことから、サッシを利用したホテルやレストラン、お土産を売る売店などが作られ、現在では3000ほどあるサッシの内、700程度が何らかの形で再利用されています。

岩窟教会群

マテーラのサッシ地区には洞窟住居だけでなく、キリスト教の教会も数多く存在しています。

最も有名なものは13世紀に建設されたマテーラ大聖堂です。

ロマネスク式のマテーラ大聖堂は、52メートルの高さの鐘楼を持つラテン十字形の教会で、

西側のファサード正面には16分割された薔薇窓と、聖母マリア像、その左右には聖ペテロと聖パウロの像が配置されています。

このマテーラ大聖堂の他にも、サン・ピエトロ・カヴェーゾ教会やサン・ピエトロ・バリサーノ教会といった数多くの教会があり、かつてはイスラム教圏から逃げ込んできた人々の信仰上重要な役割を果たしてきました。

このような大きな教会以外にも、キリスト教の石窟寺院が数多くあり、その多くは1つの主祭壇と、フレスコ画があるだけの単純な洞窟を利用したものとなっています。

また、数は多くありませんが広い複数の地下室を持つ教会も存在しており、当時は多くの修道士がこの地下室にこもり、瞑想などを行ったのではないかと言われています。

お役立ち情報

こちらではマテーラの洞窟住居と岩窟教会公園観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

マテーラパン

マテーラの名物の1つに、マテーラパンという大きなパンがあります。

イタリア語ではパーネ・ディ・マテーラ(ane di Matera)というのですが、外はカリカリ、中はしっとりしているこのパンは、イタリア政府の保護指定地域表示基準をパスしていて、公式にマテーラ市の特産品として認められています。

サッシ地区にもパン屋さんがあるのですが、店先や店内にドーン、と置かれた巨大なパンがパーネ・ティ・マテーラです。

マテーラのパンが美味しいことは南イタリアでは有名なのだそうです。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにマテーラの洞窟住居と岩窟教会公園に興味を持って頂けたなら幸いです。

イタリアにはローマやヴェネツィア、フィレンツェといった花形の観光地、世界遺産が数多く存在していることもあるせいか、マテーラという名前を聞いたことのある日本人はほとんどいません。

世界遺産マニアでもなかなか知らない隠れたスポットがマテーラの洞窟住居と岩窟教会公園なのです。

世界中のどこでも古い街並みは迷路になっていることが多いのですが、マテーラのサッシ地区は洞窟を利用して広がっていることもあるせいか、本当に迷いやすくなっています。

1000年以上前にも同じ迷路のような町並みで迷った人がいたのかと思うとなんだか楽しくなってきますね。

位置的に北イタリアの有名観光地との組み合わせは難しく、ナポリやシチリアといった南イタリアや、アドリア海の対岸、クロアチアのドゥブロブニクなどと組み合わせる方が簡単かもしれません。

南イタリアにお越しの際には、マテーラへのご訪問もご検討下さい!