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イタリアの世界遺産!〜ピエンツァ市街の歴史地区〜みどころ特集!

今回ご紹介するのは世界遺産、イタリアの「ピエンツァ市街の歴史地区」です。

皆さんはピエンツァについてご存じでしょうか。

ピエンツァはイタリアの首都ローマと花の都フィレンツェのちょうど中間地点にある、山間部の小さな町の名前です。

この町がなぜ世界遺産となっているのか知らない方の方が多いのではないかと思います。

実はこの町は、その長い歴史を通してずっと小さな町だったのですが、この町を領有していた貴族の家からローマ教皇が輩出されたことがあり、その教皇が理想郷を体現しようとしたことによってルネッサンス期に当時の技術、芸術の粋を集めた建造物群が建設されたのです。

当時、町の名前はピッコロミミと改名され、ローマ教皇の館も作られました。

その頃の建物はそのまま保全されており、その高い文化的価値、芸術的価値を認められてユネスコ世界遺産に登録されたのです。

そんなピエンツァ市街の歴史地区の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

ピエンツァの歴史

ピエンツァではそれほど重要な事件がなかったため、実は歴史の文献でもあまり登場しません。

戦略的にも重要な場所ではなかったため、その名前が歴史に登場するのはピエンツァに縁のあるローマ教皇ピウス2世がこの町に理想郷を建設しようとした時代がほとんどで、他の時代については言及されていません。

ピウス2世はピエンツァを含むシエナ共和国を統治していたピッコロミニ家の出身で、この頃のピエンツァはコルシニャーノという名前だったのですが、ここをピッコローミニと改称し、理想の町を建設しようと考えたのです。

ピッコロミニ家はもともとシエナの名門貴族で、神聖ローマ帝国皇帝のフリードリッヒ2世からバルドルツァの土地を下賜されました。

このバルドルツァの中にピエンツァも含まれていたのです。

ピウス2世はコルシニャーノ出身だったため、生まれ故郷の町を理想郷に大改造しようと考え、小さな町だったコルシニャーノに新しい建物を建てることで理想の町を体現しようと考えました。

この時代に非常に有名だったフィレンツェの建築家ベルナルド=ロッセリーノを招聘し、西暦1459年から大工事を開始したのです。

この大工事でピエンツァ大聖堂やパラッツォピッコロミニ(ピッコロミニ宮殿)、パラッツォコムナーレ(コムナーレ宮殿)など、ルネッサンス式の豪華な建物が次々と建設されました。

この頃に建設された建物を中心とする町並みが、ユネスコ世界遺産の構成資産として認定されています。

代表的建造物

ピエンツァ大聖堂

町の中心部にあるピウス2世広場にある教会がピエンツァ大聖堂です。

この大聖堂は正式名称をピエンツァの聖母マリア被昇天大聖堂と言います。

ルネッサンス式の建造物で、その装飾は非常に精巧に作られてはいますが、外見は豪華絢爛というよりはむしろ質素な印象を与えられます。

白い石造りの大聖堂正面ファサードには三つのアーチがあり、アーチ上部には教皇ピウス2世を輩出したこの町の統治者、ピッコロミニ家の紋章が掘りこまれています。

大聖堂の上部には八角錐の形をした鐘楼があり、目立つ装飾の少ない建物の中でそこだけが目を引きます。

この大聖堂を上から見ると長辺と短辺のあるラテン十字系をしているのですが、そのデザインはこの当時ドイツで流行していたハレンチルヒエン式という建築様式を取り入れています。

ピウス2世はドイツ好きだったためこの建築様式が採用されたと言われています。

またこの大聖堂の特徴として外観はルネッサンス式ですが大聖堂内部はゴシック式が採用されています。

一般的にゴシック式の大聖堂ではカラフルなステンドグラスがはめ込まれるのですが、この大聖堂では色のついたステンドグラスではなく、窓は無色のガラスが使われています。

大聖堂内部には当時の美術界で一角を成していたシエナ派の画家たちが書いた5枚の宗教画が飾られています。

全て美術的な価値も高い、15世紀当時のオリジナルの絵です。

パラッツォピッコロミニ

こちらはピウス2世によって建設された宮殿です。

設計と施工は先ほどお話したフィレンツェの建築家ベルナルド=ロッセリーノの手になります。

現在ではピッコロミニ家がかつて所有していた刀剣類や鎧などの武具、絵画や彫刻などの美術品、家具や食器などの調度品を展示する博物館となっています。

パラッツォコムナーレ

実はパラッツォコムナーレという名前の建物はイタリア中の町に存在します。

これは公式都市の地位を持っていた町は、格式として市庁舎を持つ必要があったためです。

直訳すれば共同体の宮殿となるこの名前は、当時の市庁舎を指しています。

パラッツォコムナーレの正面ファサードには3つのアーチがあり、中央アーチの上部にはイタリア国旗と町の紋章旗が掲揚されています。

またパラッツォコムナーレの三段アーチになっている時計塔は、正面にある大聖堂の鐘楼よりも低く作られていて、教会権力が世俗権力よりも上位にあることを表しています。

お役立ち情報

こちらではピエンツァ市街の歴史地区観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

ペコリーノチーズ

ピエンツァの名物と言えば羊の乳から作ったペコリーノチーズです。

この一帯のDOPはペコリーノ・トスカーノという名称で、ピエンツァでもいろいろなお店で売られています。

ペコリーノチーズは長期保存を目的としたチーズですので他のチーズと比較して塩味が強く、そのまま切って食べるのにはあまり向いていないかもしれません。

そのまま食べる場合には、パンと合わせて食べることが多いです。

塩味が強いことから、刻んだりすりつぶしたりして料理の材料として使用されることも多いのがペコリーノチーズの特徴です。

スパゲティカルボナーラなどのチーズを多く使う料理との相性は抜群ですので、是非試していただきたいです。

イタリアでは5月の初旬に初物のソラマメとペコリーノチーズをワインを飲みながら楽しむ習慣があり、春の風物詩となっています。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにピエンツァ市街の歴史地区に興味を持って頂けたなら幸いです。

ピエンツァは小高い丘の上にある小さな町ですので、観光スポットもそう多くなく、1日あれば町全体を回ることができると思います。

ローマやフィレンツェから日帰りで訪れることも十分可能ですが、せっかくならピエンツァに宿泊してこの地方のワインと食事、そしてペコリーノチーズを堪能してゆっくり過ごすのはいかがでしょうか。

遠いイタリアの地でゆったりと過ごす時間はきっと忘れられない思い出となると思います。

イタリアへご旅行の際には是非ピエンツァへのご訪問もご検討下さい!