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イギリス国教会の総本山!世界遺産カンタベリー大聖堂をご紹介します!

今回ご紹介するのは世界遺産、イギリスの「カンタベリー大聖堂」です。
皆さんはカンタベリー大聖堂についてご存じでしょうか。

カンタベリー大聖堂はイングランドの南東部、ケント州のカンタベリーにあるイギリス国教会の総本山となっている大聖堂です。

イギリス国教会は、他のプロテスタントの会派と違い、教義的な理由ではなく、専ら政治的な理由からローマ=カトリック教会と分裂しました。

カンタベリーはカトリックと分裂する以前から、イングランドにおけるキリスト教の聖地とされていたため、イギリス国教会もカンタベリー大聖堂を総本山としたのです。

世界遺産への登録は、カンタベリー大聖堂単体ではなく、同じくカンタベリーにあるキリスト教の歴史的建造物、聖オーガスティン修道院と聖マーティン教会と併せての登録で、それぞれがその歴史上、繋がりのある施設でもあります。

そんなイギリスの世界遺産、カンタベリー大聖堂の魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

キリスト教とカンタベリー大聖堂の歴史

イギリスにキリスト教が伝わったのは西暦563以降の事と言われています。
もともとはそれ以前にも伝わっていたのですが、アングロサクソンによるブリテン島征服によって伝道が途絶えてしまったのです。

ブリテン島の伝道が途絶えている間もお隣のアイルランドでは伝道が進み、アイルランドからブリテン島に伝道士が渡ったのが西暦563年以降と言われています。
この時にアイルランドからブリテン島に渡ったのは聖コルンバという伝道師で、イングランドではなくスコットランドで熱心に布教を続けました。

西暦597年に聖コルンバは死去してしまいますが、ちょうどこの年にローマ教皇グレゴリウス1世の命を受けた聖オーガスティン(カンタベリーのアウグストィヌス)がケント王国に上陸し、イングランドへの布教もが開始されました。

聖オーガスティンがケント王国に到着した頃、ちょうど当時のケント王エセルベルトはキリスト教徒の娘ベルタを妻に迎えたところでした。

この結婚が影響しているのかどうかはわかりませんが、ケント王エセルベルトは聖オーガスティンがカンタベリーの城壁の外に修道院を建設することを許しました。
この時に聖オーガスティンが建設した修道院が、世界遺産にも登録されている聖オーガスティン修道院です。

また、ケント王エセルベルトの妻ベルタが礼拝堂として使用していた場所が聖マーティン教会だったのではないかと言われています。

聖マーティン教会かどうかがはっきりしていない理由は、この当時聖マーティン教会は存在していたものの、まだその名前が与えられておらず、尊者ベーダによってベルタが礼拝堂として使用しているのは古代ローマ時代後期に使われていて、今は廃れてしまった教会、という記録があること、また、聖マーティン教会の名付け親は尊者ベーダであることから、推測する以外に物証がないからです。

確実にわかっているのは、現在も活動しているイングランドの教会の中で、聖マーティン教会が最古の教会だということです。

12世紀までに、聖オーガスティン修道院は、もともとあった古いサクソン人の教会施設を飲み込み、ロマネスク式の教会施設を新しく建設しました。

また、西暦1070年には西暦597年に聖オーガスティンが建設した古い教会を建て直す形で新しい、ロマネスク式の聖堂が建設されました。
この聖堂の完成には約100年かかり、その後も時代によって新しい建築様式を取り入れて増改築が行われました。
この聖堂がカンタベリー大聖堂です。

西暦1170年にイングランドの政教分離についてプランタジネット朝イングランド王国のヘンリー2世と争った、当時のカンタベリー大司教トーマス・ベケットが殉教し、聖人に列せられた事をきっかけにカンタベリーはイングランドにおけるキリスト教の聖地となりました。

礼拝堂の中に立っている1本のろうそくに下にトーマス・ベケットは眠っています。

西暦1309年に聖オーガスティン修道院に銃眼付きの大門が建設されました。
これによって外壁に周囲を囲まれた中庭が完成した他、修道院北側には尚広大な手つかずの敷地が広がっていたため、修道士達は醸造所、製パン所、果樹園、菜園などの食料生産施設を建設して行きました。

修道院東側には訪れる巡礼者や旅人のための宿泊施設が建設されました。

西暦1379年から西暦1503年までにカンタベリー大聖堂は大規模な増築が行われました。
この増築はゴシック式が採用され、聖人トーマス・ベケットや、百年戦争でのイングランドの英雄、エドワード黒太子が眠るトリニティー礼拝堂もこの頃のものです。

また、ベルハリータワーと呼ばれている現在も残る大きな塔もこのときに建設されました。

16世紀のテューダー朝イングランド王ヘンリー8世は、自らの離婚問題から時のローマ教皇クレメンス7世と対立します。
ヘンリー8世にはキャサリンという妻がいたのですが、この妻と離婚するのに教皇の特別な許可が必要だったのです。

しかし、キャサリンは短いながらもヘンリー8世の兄アーサーと結婚していたため、そもそもヘンリー8世と結婚した時にも教皇の特別許可を得て結婚した経緯もあり、教皇との交渉は破談に終わりました。

キャサリンとの離婚に反対していたのはローマ教皇だけではなく、キャサリンの甥、スペイン=ドイツを束ねる神聖ローマ帝国皇帝カール5世(スペイン王カルロス1世)も反対していました。

離婚によるイングランドへの影響力低下を嫌ったといわれています。

キリスト教世界の二大権威と対立してしまったヘンリー8世は、西暦1534年に首長法(国王至上法)を成立させ、イギリス国教会を作り、ローマ=カトリックから分派します。

西暦1535年には、宗教改革の一環として年収100ポンド未満の修道院に解散を命じました。
この命令はまず小さな修道院を解散させることを目的としていました。
聖オーガスティン修道院は非常に大きな修道院で、年収は約1800ポンドもありましたのでこの最初の解散令は適用されませんでした。

しかし、西暦1538年に大修道院解散法が成立したことによって、聖オーガスティン修道院も解散することになりました。
ヘンリー8世の修道院解散が元で、イギリスの中世修道院跡はほとんど廃墟のようなところが多くなってしまいました。

聖オーガスティン修道院は、その後ヘンリー8世の4番目の妻のための宮殿に作り替えられましたが、18世紀の大嵐によって損壊し廃墟となってしまいました。

カンタベリー大聖堂も1539年にはイギリス国教会の所有物となりました。
イギリス国教会の総本山となったカンタベリー大聖堂は、西暦1834年に最後の大改装が行われ、北西部のそれまであった古い尖塔の代わりに、アランデルタワーが建設されました。

3つの建造物

カンタベリー大聖堂

敷地総面積18ヘクタールを越える、イギリス国教会の総本山です。
この敷地面積はカンタベリーの街のおよそ20%にあたります。

ゴシック式の二重内陣型大聖堂でイングランドではソールズベリー大聖堂と並び格式のある大聖堂です。
万病を癒やす力を持つと言われる聖人、トーマス・ベケットが祀られています。

大聖堂敷地への入り口であるクライストチャーチ門では、キリストと多くの天使像、それに多くの紋章が施されています。

クライストチャーチ門自体は、商店街の中にあり、左右は普通のお店が並んでいるのですが、一歩門をくぐって大聖堂敷地内に入ると急に広い空間が広がり、辺りの空気が一変するのが感じ取れます。

外観はゴシック式の重厚で厳かな雰囲気の大聖堂ですが、その内部は光に満ちあふれ、華やかな装飾と煌びやかなステンドグラスが神聖な空気を醸し出しています。

地下にはトーマス・ベケットの聖廟もあり、見学することが可能です。
中庭を囲む大回廊の天井には、無数のイングランド紋章が施されています。

聖オーガスティン修道院

カンタベリー大聖堂の東にある、聖オーガスティンによって開かれた修道院です。
18世紀に壊れてしまい、現在は建築基礎部分だけが残された遺跡となっています。

聖マーティン教会

聖オーガスティン修道院よりも更に東にあります。
古いお墓で囲まれているこのイングランド最古の教会は、現在も教会として活動を続けています。
教会内部も素朴で、庶民の教会といった感じです。

役立つ情報&豆知識

こちらではカンタベリー観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

幽霊が出る喫茶店

カンタベリーには幽霊が出る事で有名な喫茶店があります。
実はイングランドの人々は幽霊が大好きで、幽霊が出る建物の方が市場価値が高いと言われています。

カンタベリーにあるタイニー・ティムズ・ティールーム(Tiny Tim’s Tearoom)も幽霊が出ると言われているため、非常に有名となった喫茶店です。

実際にこのお店の建物を改装した際に、100枚以上のタオルに包まれた子供の歯と髪が壁の中から見つかった事もあって、ますます話題になりました。

気になるお味の方は、イギリスでベストティールームに選ばれたこともありますのでご安心を。
カンタベリー観光の合間に、幽霊と一緒にほっと一息つくのはいかかでしょうか。

カンタベリー物語

高校の世界史で名前だけは聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれません。

チョーサー作のイギリス古典文学、カンタベリー物語は、ここカンタベリーへの巡礼の途中で出会った人々が、それぞれの知っている物語を語るという形式で書かれています。
カンタベリー市内には、カンタベリー物語博物館もあります。

最後に

いかがでしたか。
これをきっかけにイギリスの世界遺産、カンタベリー大聖堂に興味を持って頂けたなら幸いです。

カンタベリー大盛堂という名前は聞いたことがあっても、どこにあるのかわからないという方や、カトリックの教会と思っている方が多く、イギリス国教会の総本山でカトリックではないとお話すると驚かれる方もいらっしゃいます。

しかし、カトリックと袂を分かちイギリス国教会の総本山となったからこそ、ここまで大規模な大聖堂となった面もあり、歴史の、何がきっかけとなって動いていくのか想像が付かない部分を思い知らされます。

カンタベリーはイギリスの首都ロンドンから電車で1時間程度で訪れる事ができますので、比較的旅行日程に組み入れやすいかと思います。
イギリスにお越しの際には是非カンタベリーへの日帰り旅行もご検討下さい!