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イギリスの世界遺産!海商都市リヴァプールの魅力とは?

 

今回ご紹介するのは世界遺産、イギリスの「海商都市リヴァプール」です。

皆さんは海商都市リヴァプールについてご存じでしょうか。

リヴァプールはイギリスのイングランド北西部、アイリッシュ海に面した港町です。

ビートルズの出身地と言った方がわかる方が多いかもしれません。

リヴァプールは18世紀から19世紀にかけて、イギリスが世界帝国だった時代に本国の最重要港湾都市として非常に栄えた町です。

当時の繁栄ぶりに人々は「帝国第二の都市」として認識していたと言われています。

そんなイギリスの世界遺産、海商都市リヴァプールの魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

リヴァプールの歴史

リヴァプールの歴史は比較的新しく、初めて文献に名前が出るのは西暦1195年の事です。

この当時は現在の名前ではなく、リワーポルまたはダーティープールと記載されていました。

西暦1207年、イングランド国王ジョン失地王がこの地に都市を建設するよう命令し、港町を建設しました。

その後、長い年月をかけてリヴァプールは成長していくこととなります。

16世紀の記録によれば、リヴァプールの人口は約500人程度で、小さな港町であった事が判明しています。

17世紀頃、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカを結ぶ大西洋三角貿易が盛んになります。

リヴァプールは日の沈まぬ国と言われた世界帝国イギリス本国の大西洋三角貿易の根拠地として急速に発展しました。

交易によって町が大きく発展すると、リヴァプールの郊外には工業地域が形成され、そこで製造された商品が港から出荷されるようになり、リヴァプールは一段と発展します。

植民地支配と大西洋三角貿易によって莫大な資産を形成したイギリスは世界で最初に産業革命を達成し、リヴァプールは内陸部のリーズやマンチェスターと大運河や鉄道によって結ばれました。

大規模な繊維工場を有するマンチェスターと鉄道で結ばれた事によって、リヴァプールは絶頂期を迎えます。

アイリッシュ海の向こう側のアイルランドからも大勢の移民が移り住み、最盛期には現在の人口のおよそ2倍近い80万人を超える人々が住んでいました。

しかし、20世紀の第二次世界大戦では工業生産、国際貿易で栄えた巨大な港町はナチスドイツの空爆の標的となり、港湾と工場は何度も爆撃され、破壊されてしまいました。

第二次世界大戦後、世界経済に占めるイギリスの割合が低下するに従って、リヴァプールの主要産業であった繊維工業は急速に衰退し、町自体も過疎化が進んでいきます。

20世紀後半には、世界的ロックバンドのザ・ビートルズを輩出し、歴史的な港湾地区を観光地化したことによってリヴァプールは観光都市として生まれ変わりました。

現在でも工業生産や交易は盛んに行われていますが、世界遺産に登録されたこともあって、年々産業構造の観光が占める割合が増加しています。

登録対象地域

ピア・ヘッド

フェリーターミナルのあるリヴァプールのウォーターフロントに位置している地域で、19世紀から20世紀にかけてのリヴァプール絶頂期に形成されました。

この地域にあるスリー・グレイシーズと呼ばれる3つの建物はリヴァプールのシンボルとも言える建物で、20世紀の初めに建設されました。

それぞれ、ドック・ビルディング、キューナード・ビルディング、ロイヤル・リヴァー・ビルディングという名前で現在でもオフィスビルとして稼働しています。

スリー・グレイーシーズというのは、3人の女神と言う意味で、過去にはこの3人の女神に4人目を増やそうという計画もありましたが、この計画は実現しませんでした。

ピア・ヘッドにはザ・ビートルズの4人の銅像が立っています。

もしかしたら実際にこの場所を歩いていたのかもしれませんね。

アルバート・ドック

ピア・ドックの南側、マージー川の上流にはアルバート・ドックというエリアがあります。

このエリアには、テート・リヴァプール美術館、マージーサイド海洋博物館の他、年間30万人が訪れるビートルズ・ストーリーというビートルズゆかりの品を展示している施設があります。

アルバート・ドックには、西暦1846年に金属、レンガ、石だけで造られた倉庫があり、世界初の耐火倉庫として有名です。

スタンリー・ドック保存地域

ピア・ヘッドを挟んでアルバート・ドックの反対の北側には、スタンリー・ドック保存地域があります。

この地域には多くのドック、倉庫が残されていて、ドックの南正面にあるスタンリー・ドック・タバコ倉庫はレンガで作られた建造物としては世界最大の大きさとなっています。

キャッスル・ストリート保存地域

キャッスル・ストリート保存地域は、古くからリヴァプールのメインストリートとして発展した地域であり、オールドホール・ストリート、ヴィクトリア・ストリート、ウォーター・ストリートが該当します。

商業街地区とも呼ばれるこのエリアは現在でもリヴァプールで最も栄えている地区となっています。

ウィリアム・ブラウン・ストリート保存地域

ウィリアム・ブラウン・ストリート保存地域は、文化地区とも呼ばれています。

この地区にはリヴァプール市の市営建造物が集中していて、代表的な建物としてはセント・ジョージ・ホール、ライム・ストリート駅、リヴァプール世界博物館などがあります。

デューク・ストリート保存地域

デューク・ストリート保存地域はリヴァプールがまだ新しい港町だったころからある古い地域です。

西暦1715年に建設されたブルーコート・チェンバーズは市の中心部で最も古い建物で、この地域には早い段階から船乗り、貿易商、職人が住んでいたため、リヴァプールの中でも国際的な雰囲気のあるエリアとなっていました。

デューク・ストリート保存地域の南西部にはロープウォークスと呼ばれるエリアがあります。

これは18世紀から19世紀にかけてリヴァプールが世界一の港町だった時代に、縄を造る工場がここにあったことからそう呼ばれています。

役立つ情報&豆知識

こちらでは海商都市リヴァプール観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

ビートルズ関連のスポット

キャヴァーンクラブ

マシュー・ストリートにあるクラブです。

ザ・ビートルズが演奏していたことでも有名で、ここでしか手に入らないビートルズのグッズも販売しています。

現在でも夜の営業では様々なバンドの生演奏が楽しめます。

ストロベリーフィールド

ザ・ビートルズの有名な曲、「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」のモデルとなった孤児院です。

ジョン・レノンは子供の頃にこの孤児院を訪れた事があるそうです。

現在は閉鎖されているため、中に入る事はできませんが多くのファンがここを訪れています。

リヴァプール名物料理 スカウス

リヴァプールの名物料理であるスカウスは、一言で言えばイギリス風肉じゃがです。

スカウスの作り方は、牛肉、じゃがいも、たまねぎ、ニンジンを煮込み、具材が柔らかくなった頃にコンソメ、ウスターソースで味付けし更に煮込みます。

日本の肉じゃがの作り方で、出汁とみりんを加える部分をコンソメとウスターソースに変えただけでも作れるかもしれません。

しらたきは入っていませんが、本当に肉じゃがに似ています。

牛肉ではなく羊の肉を使う場合もあるそうです。

リヴァプールの名物料理ですが、あまりにも家庭的過ぎてメニューに無いレストランも多いのだとか。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけに海商都市リヴァプールに興味を持って頂けたなら幸いです。

リヴァプールというとどうしてもザ・ビートルズの出身地であることがイメージされますが、イギリスが大英帝国と呼ばれていた時代、その繁栄を支えた重要な港湾都市だったのは驚きですね。

大英帝国最盛期の港湾施設という歴史的遺産と、ザ・ビートルズゆかりの土地という文化的遺産を併せ持つリヴァプールは、その2つを積極的に活用して観光都市の地位を築きつつあります。

旅行先を選ぶのは難しい事ですが、旅行の最初の楽しみでもあります。

次回のご旅行先がお決まりでないようでしたら、是非リヴァプールへのご旅行もご検討下さい!