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イギリスの世界遺産!エディンバラの旧市街と新市街を徹底解剖!

 

今回ご紹介するのは世界遺産、イギリスの「エディンバラの旧市街と新市街」です。

皆さんはエディンバラについてご存じでしょうか。

エディンバラはイギリスのブリテン島北東部にある古い町です。

イギリスの一部ではありますが、スコットランドの首都でもあり、非常に古い歴史を持っている町でもあります。

そんなエディンバラの魅力について、歴史を踏まえながらご紹介していきたいと思います。

スコットランドとエディンバラの歴史

エディンバラとは「エドウィンの城」を意味する言葉です。

この名前はケルト人の要塞がここに作られていたにルーツがあるそうです。

スコットランドとエディンバラの歴史は古く、紀元前10世紀頃にヨーロッパ大陸よりケルト人がやってきた事に始まります。

その後、紀元前43年には古代ローマ帝国軍によって占領されます。

古代ローマ帝国軍は、現在のスターリング周辺に軍事拠点を構築し、ハドリアヌスの長城やアントニヌスの長城などの防衛施設を次々に建設していきました。

ローマ人はスコットランドの支配権をめぐってケルト人と長年に渡り戦いを続けましたが、全域を支配することは出来ませんでした。

西暦407年に西ローマ帝国の軍が引き揚げると、エジンバラ、スコットランドを含むブリテン島全島が戦国時代に突入しました。

アイルランドからやってきたスコット人によるダルリアダ王国、ピクト人によるアルバ王国、ブリトン人によるストラスクライド王国、アングル人によるノーサンブリア王国など、さまざまな国が興隆したほか、北欧からはヴァイキングも侵入を繰り返しだのです。

西暦843年にダルリアダ王国のケネス1世がアルバ王国を併合してスコットランド王国が建国されました。

西暦1071年にイングランド王・ノルマンディー公ウィリアム1世(征服王)がスコットランド王国を攻撃し、長い年月にわたってイングランドとスコットランドは争い続けました。

11世紀にスコットランド王マルコム3世はエディンバラに城と聖堂を建設しました。

その後、西暦1437年にスコットランド王のジェームズ1世が暗殺されたことをきっかけに、西暦1492年には、スコットランドの首都がパースからエディンバラに移されました。

西暦1603年にスコットランド王ジェームズ6世がイングランド王ジェームズ1世と即位するとエディンバラの経済的重要性に陰りが見え始めました。

イングランドを手に入れた事で経済の中心がスコットランドからイングランドに移り始めたのです。

西暦1707年にスコットランドとイングランドが合併するとその傾向は更に顕著になります。

この頃にはエディンバラは深刻な社会問題を抱えていました。

人口が増えすぎ、人口密度が高まった結果、上下水道やゴミ処理といった社会的インフラの整備が追いつかなくなった上に、土地が不足していたことから建物を多層建築にし、地上だけでなく地下にも広げていったのです。

地下にはもちろん日光は届かず、生活排水も流れ込み、常に湿度が高く不衛生な空間だったため、ペストが流行しました。

ペストが流行すると人々は地下の出入り口を封鎖し、中に住んでいた貧しい住民を生き埋めにしてしまいました。

西暦1767年に、人口問題を解決するためエディンバラは新市街建設を決定しました。

西暦1790年頃までに建設されたこの新市街がいわゆるNew Townです。

新市街が出来るとそれまでのエディンバラはOld Townと言われるようになり、現在に至っています。

代表的建造物

エディンバラ城

エディンバラ城は、キャッスル・ロックという岩山の上に建てられた城です。

ケルト人の時代から、この場所には要塞が建てられていました。

現在でもエディンバラ城にはイギリス陸軍が中流しています。

ホリルードハウス宮殿

西暦1128年、スコットランド王デヴィット1世が建設した教会が起源とされている宮殿です。

かつてはスコットランド国王がここにすんでいましたが、現在はエリザベス女王がスコットランドを公式訪問する時に滞在するようになっています。

セント・ジャイルズ大聖堂

西暦1120年に建設されたゴシック式の大聖堂で、王冠の形をした屋根が特徴となっています。

建立当初はローマ=カトリックの教会でしたが、西暦1560年からはプロテスタントの教会になりました。

スコットランドでも有数の権威ある教会です。

大聖堂の内部は美しいステンドグラスで飾られ、光が多く射すようになっています。

入って正面奥にある大きなパイプオルガンも雰囲気たっぷりで、まるでファンタジーの世界に迷い込んだかのような印象を受けます。

リアル・メアリー・キングズ・クローズ

エディンバラの歴史でも少しお話しましたが、ペストが流行し、出入り口を封じられた地下空間が、リアル・メアリー・キングズ・クローズです。

内部はツアー見学することが可能ですが、幽霊が出るという話も有名ですので、苦手な方はちょっと怖いかもしれません。

スコット・モニュメント

スコット・モニュメントは、1846年に建てられたスコットランドを代表する文豪で文学界のレジェンド的存在の、ウォルター・スコット卿(1771~1832 年)の功績を讃えた記念塔です。彼の死から約8年後に世界的に有名になったスコット卿の記念碑を建てるべきとの声が上がり1840年に着工し、1846年に公開されました。

スコット・モニュメントの高さは60.9mで、作家の記念碑としては世界最大を誇っています。4ポンドの入場料を払えば後ろから中に入ることができ、287段の螺旋状の階段を昇り塔の頂上まで上がることができます。階段の途中には休憩できる場所があるので安心してくださいね。

カールトン・ヒル

エディンバラ新市街の東にある丘がカールトン・ヒルです。

この丘からはエディンバラ市街とフォース湾を一望することが出来ます。

現在は公園となっているカールトン・ヒルですが、過去には伝染病患者の隔離地や罪人の処刑場、墓地としても利用されていたそうです。

カールトン・ヒルには2つの有名なスポットがあります。

ナショナル・モニュメントネルソン・モニュメントです。

ナショナル・モニュメントは19世紀にナポレオン戦争で命を落としたスコットランドの戦没者記念碑で、ギリシャのパルテノン神殿をモチーフにして作られています。

西暦1822年に着工しましたが、西暦1829年に予算が不足してしまい、そのまま現在まで未完成の状態となっています。

ネルソン・モニュメントは西暦1805年のトラファルガー沖海戦に勝利した事を記念して、西暦1815年に作られました。

ネルソン、というのは当時のイギリス海軍の提督の名前です。

高さ32メートルのこの等は展望台となっており、風光明媚なエディンバラの景色を楽しむ事のできるスポットとなっています。

塔の内部ではイギリス海軍関係の資料などが展示されています。

役立つ情報&豆知識

こちらではエディンバラ観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

ハギス

皆さんはスコットランドの伝統的な料理、ハギスをご存じでしょうか。

羊の内蔵(心臓、肝臓、腎臓、肺)のミンチを茹でたものに、たまねぎとハーブを混ぜ、塩こしょうで味付けした後、羊の胃袋に入れて焼いた料理です。

見た目はちょっと苦手な方もいるかもしれませんが、自裁に食べるときにはマッシュポテトと一緒に食べたりしますので、そこまで強烈ではありません。

美味しいものが無いと言われる事もあるイギリス料理ですが、ハギスは人気があり、好んで食べる方も多い料理1つです。

スコッチ・ウィスキー

実はスコットランドは世界で一番ウィスキーが作られている国だそうです。

スコットランドで作られるウィスキーはスコッチといいます。

世界中で非常に有名なスコッチですが、スコッチと名乗ることができるのは、製造工程の全てをスコットランドで行ったものだけなのです。

お土産にも悪くはありませんが、非常に有名なことからほとんど全てのスコッチは日本でも購入することが可能ですので、お土産として購入するよりは現地の料理と合わせ、本場で味わうスコッチを楽しむのはいかがでしょうか。

きっと素敵な旅の思い出になると思います。

最後に

いかがでしたか。

これをきっかけにイギリスの世界遺産、エディンバラの旧市街と新市街に興味を持って頂けたなら幸いです。

スコットランドの首都とは言え、都市の規模ではグラスゴーよりも小さいエディンバラは、名前は聞いたことがあっても、はっきりとした場所や、どんな町なのかは知らないという方が多いのでは無いかと思います。

また、イングランドの首都、ロンドンを比較するとかなり知名度は下がってしまいますが、長年に渡ってイングランドと戦い続けたスコットランドの首都だけあって、歴史的エピソードや観光スポットには事欠きません。

観光地として非常に有名な町でもありますので、観光客も多く、治安も比較的良い方です。

イギリスにご旅行の際には、是非エディンバラへも足をお運び下さい!